【目次】
- 「ゴルフ場記念日」とは?「いつ」「なぜ」「由来」「意味」を簡潔に解説
- 「日本初のゴルフ場」とは?神戸ゴルフ倶楽部と誕生の背景
- 「ゴルフ」が広まった理由とは?日本における発展の流れ
- 「ゴルフ場記念日」に考えたい|大人の嗜みとしてのゴルフの魅力
【「ゴルフ場記念日」とは?「いつ」「なぜ」「由来」「意味」を簡潔に解説】
■「いつ」?
「ゴルフ場記念日」は5月24日です。ゴルフに関する記念日としては、ほかに5月28日の「ゴルフ記念日」があります。
■「なぜ」5月24日?「由来」
今から100年以上前の1903(明治36)年5月24日に、兵庫県神戸市の六甲山に「神戸ゴルフ倶楽部」が誕生しました。これが日本における最初のゴルフ場の開場で、同日には日本初のゴルフ競技「Challenge Cup」も行われました。この歴史的な出来事が記念日の由来となっています。
■「意味」
この日は、日本のゴルフの歴史を振り返り、改めてその魅力を再認識するための日です。スポーツの域を超えて、自然と対話し社交を楽しむという「ゴルフ場」そのものがもつ、独特の文化を伝える日でもあります。
【「日本初のゴルフ場」とは?神戸ゴルフ倶楽部と誕生の背景】
そもそも、ゴルフの発祥は14〜15世紀頃の英国(スコットランド)といわれ、1457年には国王が「兵士たちが熱中しすぎるから」と禁止令を出すほど古い歴史をもっています。そんな英国伝統のスポーツが日本に上陸した背景には、ひとりの英国人の情熱と、開港間もない神戸という街がもつ異国情緒豊かな文化がありました。
■「六甲の開祖」は英国人アーサー・ヘスケス・グルーム
日本初のゴルフ場開設の主導者となったのは、1868(慶應3/明治元)年に来日したイギリス人、アーサー・ヘスケス・グルーム(Arthur Hesketh Groom)です。彼はまさに日本の文明開化の波に乗って、イギリスから日本へやってきたのですね。
グルームは、神戸元町の山側にあった善照寺に居を構え、その年には士族の娘・宮崎直と結婚。日本人以上に日本を愛するようになったそうです。貿易商として成功し、趣味も多く、絵を描き、芝居を演じるほか、水泳、ボート、クリケット、登山などを好むスポーツマンでした。とりわけ、彼をとりこにしたのは、六甲山の豊かな自然。グルームが建てた山荘が、六甲山に建った最初の山荘となりました。友人たちを誘い、避暑地としての六甲の素晴らしさを広めていくうちに、彼は仲間たちとプライベートなゴルフ場をつくることを思い立ちます。
■草刈りと岩の除去、手作業で切り拓かれた「4ホール」
仲間たちの協力を得て、1898(明治31)年から始まったコース造りは、決して容易なものではありませんでした。岩を掘り起し、雑草や笹の根を手鎌で刈り取り、ツツジの根を引き抜いたりと、すべての作業が人の手による、過酷なホール造りだったのです。3年の苦労の末、1901(明治34)年の秋に最初の4ホールが完成しました。このささやかな手造りのコースが、日本におけるゴルフ場誕生の第一歩となりました。
■1903年5月24日、9ホールのゴルフ場として開場
当初は仲間うちでプレーを楽しむだけでしたが、やがて噂が広まり来場者も増え、コースは順次拡張されていきました。9ホール完成の見込みがついた1903(明治36)年2月、神戸商工会議所で「神戸ゴルフ倶楽部」の創立総会が開かれ、さらに5月24日、ついに「神戸ゴルフ倶楽部」として正式な開場式を迎えました。これが「ゴルフ場記念日」の由来です。開場式には当時の兵庫県知事や神戸市長、各国領事など多くの著名人が参列し、質素ながらも和やかに日本初のゴルフ場の誕生を祝いました。
■1904(明治37)年には「18ホール」が完成
開場翌年の1904(明治37)年には、さらに9ホールが新たに増設され、日本で最初となる「18ホール」のフルコースが完成します。これにより、現在のゴルフ競技の国際的な基準を満たす本格的なプレーが可能となりました。
■避暑地から始まった、国籍を超えた「洗練された社交場」
当時の六甲山山頂は、神戸に住む外国人たちの居留地・避暑地として賑わう特別なコミュニティでした。そのため、神戸ゴルフ倶楽部は単にスポーツを楽しむ場所にとどまらず、イギリスをはじめとする各国の紳士淑女が集い、ドレスアップして親交を深める、日本で初めての本格的な「カントリークラブ(社交場)」としての役割を果たしていました。
【「ゴルフ」が広まった理由とは?日本における発展の流れ】
■横屋ゴルフ・アソシエーションと日本人プロゴルファーの誕生
日本初のゴルフクラブである神戸ゴルフ倶楽部が開場したものの、六甲山は冬季4ヶ月間、深い積雪により使用ができません。そこで翌年の1904(明治37)年の秋に、現在の神戸市東灘区の横屋に「横屋ゴルフ・アソシエーション」がつくられました。ここで熱心にプレーした海運業者などの阪神間の実業家たちが、日本ゴルフ界のパイオニアとなりました。彼らがゴルフの魅力やルールを国内のネットワークへ紹介したことが、外国人だけの娯楽から「日本のスポーツ」へと変化する最初のきっかけとなります。
■やがて関東へ波及。「東京ゴルフ倶楽部」の設立
大正時代に入ると、ゴルフ文化は関西から関東へと波及します。1913(大正2)年、東京の駒沢に「東京ゴルフ倶楽部」が設立されました(現在は朝霞を経て埼玉県狭山市に移転)。このクラブの創立には、政財界の重鎮や皇族、海外留学から帰国したエリート層が深く関わっていました。最初のコースでは、摂政宮時代の昭和天皇が英国の皇太子、プリンス・オブ・ウェールズ殿下との親善ゴルフを楽しまれたことで知られています。これにより、ゴルフは「洗練された国際社交のツール」としてのステータスを確立することになります。
■キャディの育成とプロゴルファーの活躍
ゴルフ場の増加に伴い、コースでプレーヤーを支える「キャディ」として働く日本人の若者たちが現れます。神戸出身の日本人初のプロ兼キャディマスター(福井覚治氏)が誕生したのもこの頃です。1924年には、日本のゴルフを統括する団体である公益財団法人日本ゴルフ協会(略称JGA)が設立。さらに、1928(昭和3)年には日本プロゴルフ協会(PGA)の前身となる関西プロゴルフ研究会が誕生し、第1回の競技会が開催されます。神戸ゴルフ倶楽部の誕生以来、在留外国人により主導されてきた日本のゴルフ界でしたが、日本人が主体となったゴルフクラブが次々に誕生し、日本人プロゴルファーが台頭してくると、日本のゴルフ界を盛り上げようという機運が高まりました。
■戦後の復興と大衆化
戦争によって多くのゴルフ場が閉鎖・徴用される苦難の時代を経て、戦後の高度経済成長期には、ゴルフは爆発的に普及・大衆化されていきます。その最大の契機となったのが、1957(昭和32)年に霞ヶ関カンツリー倶楽部で開催された国際大会「カナダカップ(現在のワールドカップ)」です。なみいる世界の強豪たちを抑え、日本代表のペア(中村寅吉氏と小野光一氏)が、団体・個人ともに優勝を果たしたのです。このニュースは世界を驚かせ、日本中にゴルフブームを巻き起こす大起爆剤となりました。
■「接待ゴルフ」から身近なウエルネススポーツへ
昭和のバブル期以降、ビジネスパーソンの社交の場として定着したゴルフですが、平成から令和の現代にかけて、その意味合いはもっと身近なものへと変わっています。
【「ゴルフ場記念日」に考えたい〜大人の嗜みとしてのゴルフの魅力】
■景観を眺めながら心身をリフレッシュ
ゴルフ最大の魅力は、何と言っても自然豊かなロケーションに身をおく爽快感でしょう。芝の緑と鳥のさえずり、季節ごとに表情を変える木々。パソコンやスマートフォンをしばし手放して、デジタルデトックスの時間を楽しみましょう。静かにボールと向き合い、呼吸を整えてスイングした瞬間は、日々のストレスから解放されて、脳がクリアになるような感覚を味わえますよ。
■プレーを楽しみながらエクササイズ効果も
一般的に、ゴルフを1ラウンドすると、カートを利用する場合で約5〜7km(6,000〜9,000歩)、すべて歩く場合は約8〜10km(約10,000〜13,000歩)ほど歩くことになります。普段「ウォーキングしよう」と思い立っても、この距離を歩くのは難しいですよね。適度な筋力トレーニングにもなるので、全身運動の効果も期待できます。
■勝敗が決まるスポーツとしての面白さ
ゴルフは年齢や性別を問わずに楽しめるスポーツといわれています。なかでも、ハンディキャップと呼ばれるルールによって、初心者からプロまで、レベルの違う人同士でも公平に競い合えるシステムは秀逸。誰もが自分の実力に応じたハンデをもつことができるので、思わぬ勝利を目指すワクワク感を味わうこともできますよ。また、前回のラウンドよりも、1打でもよいスコアを出せたときの達成感は、スポーツならではの醍醐味です。
■ふとした瞬間にその人の「人間性が表れる」
ゴルフは、1ラウンド(18ホール)を約4〜5時間かけて、通常3〜4人で楽しむスポーツです。審判のいないスポーツだからこそ、ミスやプレッシャーに直面した際の言動やトラブルへの対応に、その人の性格や本質が映し出されます。たとえば、ミスをしたときにも明るく振る舞えるか、不機嫌になってしまうかなど…。裏を返せば、ゴルフを通じて親交を深められた仲間とは、年齢や肩書き、職業などを超えて、互いをリスペクトし合える関係を築けるかもしれません。共通の価値観と趣味でつながった大人同士のコミュニティは、居心地がよいものです!
■ラグジュアリーブランドのウエアも続々登場
大人ゴルファーだからこそ、ゴルフウエアにも上質感ときちんと感をキープしたいもの。ゴルフアパレルからラグジュアリーブランドまで、さまざまなブランドからゴルフウエアが発表されています。上質な素材と洗練されたデザインのウエアなら、格式のあるコースにも溶けこみ、なおかつ着る人の魅力を最大限に引き出してくれるはず。
■生涯スポーツとしてのゴルフ
屋外で楽しむスポーツであるゴルフは、同じコースでも季節や天候によってまったく異なる表情を見せるため、プレーに臨むたびに新たな発見があります。技術面でも、ドライバーショットからパッティングまで、それぞれに異なる技術が必要なため、「これで完璧!」という終わりがありません。その日の風、芝のコンディション、自分自身の体調、そしてテクニック。すべてが変化するなかで「今のベスト」を尽くします。ミスショットに一喜一憂せず、次の攻略を冷静に考える…このプロセスを通じて、メンタルをコントロールするセルフマネジメント能力も磨かれていきます。若い世代はパワーで、年齢を重ねた世代は熟練した技術や戦略を武器に、競い合える点も、生涯スポーツとしての大きな魅力です。
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1903年5月24日、六甲山の美しくも厳しい自然のなかに、日本初のゴルフ場が誕生しました。時代が変わり、人々が緑のフェアウェイに魅了される理由が変わっても、ゴルフが魅力的なスポーツであることに変わりありません。自然のなかに身をおいて、自分自身と静かに向き合う時間は、贅沢なセルフケアにもつながります。「ゴルフクラブを握るのは久しぶり」のあなたも、ゴルフ場で風に吹かれる、あの気持ちよさを、思い出してみませんか。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- 参考資料: 一般社団法人神戸ゴルフクラブ(https://kobegc.or.jp) /公益財団法人日本ゴルフ協会(略称JGA)(https://jga-golfpedia.jp) /鳴尾ゴルフ俱楽部(https://www.naruogc.or.jp) /六甲山ビジターセンター・ガイドハウス「六甲山の歴史・文化」(https://rokkosan.center/history) /東京ゴルフ俱楽部(https://www.tokyogolfclub.jp) /ゴルフスクールナビ「日本のゴルフ史のはじまり」(https://www.golfschool-navi.com/columns/966/日本のゴルフ史のはじまり/) /PRTIMES「接待ゴルフはもう古い?」(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000667.000000983.html) :

















