「銀座メゾンエルメス」の8階に位置する「メゾンエルメスフォーラム」。イタリアを代表する建築家、レンゾ・ピアノ氏が設計したガラスブロックからなる光に満ちた空間で、階下のフロアはエルメスのブティックとオフィス。どのギャラリーとも異なるユニークな性格をもつ場所であるだけでなく、年4回開催される展覧会も、観客とアートをぐっと親密に引き寄せてくれる企画ばかり。

今回は、現在開催中のピアニストによる、『ピアニスト』と題された展覧会をご紹介します。ピアニストが、ピアニスト?

分野を横断して活動するアーティスト、向井山朋子氏

今回展覧会を行うアーティストは、オランダ・アムステルダムを拠点に活動する、向井山朋子氏。各国の著名な楽団にソリストとして招聘され、新作の初演に携わるなどピアニストとして国際的に活躍する一方、自ら振り付けや舞台演出を手がけた舞台作品やアート・インスタレーションを発表するなど、分野を横断して活動するアーティストとしても知られています。

「メゾンエルメス フォーラム」の会場に立つ向井山朋子氏 
PHOTO : Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

たとえば、たったひとりの観客のためのコンサートや、鑑賞者が舞台にあがることで成立するパフォーマンス。演奏会やコンサートといった、従来の形にとらわれない表現に挑戦する彼女の根底にあるのは、「音楽が演奏される空間とそれに関わる人々、演奏者や観客が音楽をどのように受け止め、またその空間を知覚するか」という問いかけです。

2003年にオランダで開催された「for you」は、ひとりの観客のために約15分間演奏を行うコンサート 
PHOTO : Werry Crone

時の流れとともに表情を変える空間につくられた、「ピアノの森」

向井山氏が今回、「メゾンエルメス フォーラム」の中に創り出したのは、「ピアノの森」。演奏が行われるスペースの作品には、小さなアップライトからコンサート用のグランドピアノまで、14台のピアノが設置されています。

《Just before》と題された、14台のピアノによるインスタレーション。この空間に設置されたピアノを使用してパフォーマンスが行われます。どのピアノでどんな曲を演奏するかは、向井山氏のみが知ります。 
PHOTO : Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

吊るされたピアノ、倒されたピアノ、脚のないピアノ。

ガラスのブロックを通して刻々と表情を変える空間のなかで、ピアノも光を返し、陰をつくり、静かに変容していきます。

「ピアノの森」から少し離れたスペースにそっと展示されているのは、東日本大震災の津波によって破壊された、2台のピアノによるインスタレーション。ー『ピアニスト』の空間には、ピアノの形をした寝台のような、棺桶のような黒い箱が置かれている。ピアニストが寝ている間も練習できるよう、死んでからもピアノが弾けるようにー(向井山朋子氏の言葉より)

津波にあった2台のピアノによるインスタレーション、《ここでなく、いまでなく》 
PHOTO : Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

ここで観客はピアノでありピアノでないものと対峙し、そこに起こったこと、流れた時間、いまここに流れている時間に思いを馳せることができます。

ピアノがいざなう、意図的にずらされた非日常の「時間」

『ピアニスト』の開館時間は非常にユニークかつチャレンジングです。パフォーマンスは自然と人間の時間を律する立春のころ、正午から始まり、毎日1時間ずつ演奏のスタートが時間がずれていきます。2月28日(木)に24日間の会期を終えるまで、今日は13時、明日は14時……と、真夜中や早朝にも演奏は行われます(開館時間は演奏の前後1時間)。

これは、一般的に常識とされる時間の知覚への問いかけと、向井山氏が日頃感じている時差への感覚にもとづくもの。例えば日本が新年を迎える瞬間に、ヨーロッパはまだ大晦日で、ニューヨークではさらにもっと前の時間である……。この事実は、日常でありながら私たちに不思議な感覚をもたらします。

夜の《Just before》。ガラスブロックによってつくられたスペースだからこそ、時間の流れが空間に鮮やかな影響を及ぼします
PHOTO : Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

会期中、日々1時間ずつの時差を伴って開かれる『ピアニスト』。

そこでは、日によって異なる曲が演奏されます。映像をカットアップするかのごとく、複数の曲のフラグメントによって構成される作品から、図形楽譜を発明したアメリカ現代音楽の雄、モートン・フェルドマンが晩年に創った静謐な曲まで。演目や内容は日によって変わり、時間のずれがつくる空間も、ピアニストと観客がつくる空間も、ひとつとして同じものはありません。

向井山氏によると、観客は「開かれており、無防備で、可能性に満ちた作品のパートナー。コンサートとは/展覧会とは/時間とは/時差とは……さまざまな問いかけを訪れる人に投げかける、かつてないパフォーマンス。観客が作品のパートナーとして、いつもと異なる空間、時間を表現者とともに生み出す」。

これを可能にする場所が「メゾンエルメス フォーラム」なのです。ときに優しく、ときに激しく、目前で奏でられる音に身も心も委ねて。さまざまな意味で非日常を感じることができるこの貴重な機会を、ぜひお見逃しなく。

『ピアニスト』向井山朋子展

会期/2019年2月5日(火)〜2019年2月28日(木)
会場/銀座メゾンエルメス フォーラム(東京都中央区銀座5-4-1 8階)
開館時間/日ごとに異なるため、ウェブサイトで確認を。
定休日/会期中無休
入場料/無料
※パフォーマンスの内容は毎日異なり、各日の演奏時間は約50分〜120分の予定
※やむを得ぬ事情により演奏時間を変更する可能性があります

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PHOTO :
Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès, Werry Crone 
EDIT :
石原あや乃
EDIT&WRITING :
門前直子