古来、男性性の象徴として尊ばれてきたのが、髭である。様々な文化圏で、髭は力強さや権力の象徴としてイメージされてきた。現代では、いたずらに男性性を強調するような髭は敬遠される傾向にあるが、きちんと手入れをされた髭なら、ただの無精髭とは違う、ファッショナブルなスタイルとして賞賛されるものだ。ここでは、その髭面なくしてはイメージしにくいような、近現代の著名人の髭を紹介する。

明治の軍人、政治家の肖像写真を見ると髭がいいアクセントになって男性性が強く感じられる。戦国武将の髭面も実に猛々しい。歴史的偉人の髭からダンディズムを考察する。

手入れされた髭を友とする

体制派口髭
新渡戸稲造

写真左/1862~1933年。札幌農学校卒業。教育者・思想家、国際連盟の事務次長。外国人に日本人の精神構造を説くために『武士道』を著し、各国でベストセラーになる。かつて5千円札に描かれていた人物としても有名だ。

芸術家チョビ髭・正統派
小津安二郎

写真左下/1903~1963年。東京深川生まれ。映画監督・脚本家。戦前は松竹蒲田撮影所製作のお洒落な現代劇の監督として名を上げたが、戦後は鎌倉に転居。独自の美学に貫かれた一連の作品で名匠の名を確たるものにした。

芸術家チョビ髭・前衛派
藤田嗣治

写真右下/1886~1968年。東京牛込区生まれ。画家・彫刻家。戦前よりパリで活動し、日本画の技法を油彩画に取り入れた唯一無二の画風でエコール・ド・パリの代表的な画家として挙げられる。放埒な振る舞いとファッションでも知られた。

無頼派無精髭 
勝 新太郎

写真左中/1931~1997年。俳優・歌手・脚本家・映画監督・映画プロデューサー。市川雷蔵と並ぶ大映の二枚看板として『座頭市』『悪名』『兵隊やくざ』などのヒットシリーズを連発。体制におもねらない作風と生き方を終生貫いた。

自由人ヤギ髭 
植草甚一

写真左上/1908~1979年。東京日本橋生まれ。欧米文学・映画・ジャズ評論家。通称J・J。学生時代は新劇に熱中、東宝への入社後映画評論も執筆。’60年代半ばからはサブカルチャーの教祖として若者に支持された。

ぼくたち日本人の顔は、ひとことで評するとメリハリがない。のっぺりしてる。ところが明治の軍人、政治家の肖像写真を見ると髭がいいアクセントになって「男性性」が強く感じられる。戦国武将の髭面も実に猛々しいではないか。ひょっとしたらぼくらには髭が似合うDNAがあるのかもしれない。

 戦後の企業社会は男の顔から髭を追放したが、そんな空気に同調せず、ぜひいろいろ試してほしい。間違いなく似合うから。そして見た目だけではなく、精神面でも髭は何か強いものを引き出してくれるような気がするのである。

この記事の執筆者
TEXT :
林 信朗 服飾評論家
BY :
MEN'S Precious2016年春号『東京ジェントルマン50の極意』より
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。
クレジット :
撮影/唐澤光也(パイルドライバー/静物)