『王様と私』はケリー・オハラにとって特別な作品に違いない。と言うのも、2000年にブロードウェイ・デビューして以来、『王様と私』の前に9本ものミュージカルに出演し、その半数以上の5本でトニー賞の候補になりながらも受賞せず、10本目の同作でデビュー16年目にして念願の受賞(主演女優賞)を果たしたからだ。この作品で渡辺 謙と共に来日してくれる背景には、そうした彼女の誇らしい気持ちがあるのではないだろうか。

 そのケリー・オハラがトニー賞女優となって最初に挑んだブロードウェイ・ミュージカルが、『キス・ミー・ケイト』(Kiss Me, Kate)のリヴァイヴァル。『王様と私』で日本にやって来る前、6月2日までの期間限定公演として幕を開けている。

Photo by Matthew Murphy The London Palladium Production
Photo by Matthew Murphy The London Palladium Production

トニー賞女優となったケリー・オハラが挑む名作『キス・ミー・ケイト』とは?

初演は1,077回のロングラン。最新版『キス・ミー・ケイト』の地下鉄ポスター。筆者撮影
初演は1,077回のロングラン。最新版『キス・ミー・ケイト』の地下鉄ポスター。筆者撮影

『キス・ミー・ケイト』のブロードウェイ初演は1948年。1,077回のロングランを記録してコール・ポーター(作曲・作詞)にとって最大のヒット作となった。翌年のトニー賞ではミュージカル作品賞を含む5部門で受賞。もちろんポーターも楽曲賞を受賞した。ただ、『マイ・フェア・レディ』の作詞家/脚本家として知られるアラン・ジェイ・ラーナーの著作「The Musical Theatre: A Celebration」によれば、コール・ポーターは時代遅れだと言ってプロデューサーが起用に反対するという局面もあったらしい。何がどう転ぶかわからないものだ。

 1953年にはMGMによって映画化されたが、そちらは、ミュージカル・ファンの間では、後に演出家/振付家として大成するボブ・フォッシーが出演して自らのダンスを振り付けたことで知られている。

 話の設定は初演時点での“現在”、1948年。ボルティモアのフォード劇場にシェイクスピア『じゃじゃ馬ならし』のミュージカル版を演じる一座がやって来る。中心役者は、“じゃじゃ馬”カタリーナを演じるスター女優のリリーと、その元夫でカタリーナを“ならす”ペトルーキオを演じる座長のフレッド。別れても実は惹かれ合っているこの2人が、舞台の上同様、舞台裏でも恋の主導権争いをする、というのがメインのストーリー。そこに、フレッドが色目をつかっている若い女優ロイス、ロイスと恋仲でギャンブル好きのビル、リリーの婚約者の軍人、ビルの借金の取り立てに来るギャング2人組などが絡んで、もつれた糸がさらにもつれ……という展開。

 そうした、ある種ドタバタなコメディ世界を、コール・ポーターの洒脱で優美な楽曲が彩る。なかでも、ロマンティックな「So In Love」は、よく知られた名曲。ちなみに、「From This Moment On」も人気曲だが、こちらは初演版にはなく、1952年のリヴァイヴァル版から加えられた。元々はコール・ポーターの1950年作品『アウト・オブ・ディス・ワールド』のナンバーだったが、ブロードウェイで開幕する前に同作から外されている。

ケリー・オハラの歌と同時にダンサー陣の活躍も観逃せない!

 ケリー・オハラ扮するリリー/カタリーナの見せ場は多く、メトロポリタン・オペラにも出演した彼女の歌の魅力を存分に堪能できる。コメディ演技も、2012年の『Nice Work If You Can Get It』の時には柄に合っていない気がしないでもなかったが、今回はひと皮向けた印象。溌剌と楽しげに演じている。しかも、相手役のフレッドを演じるウィル・チェイスが押しの強い役者ではないので、全体に“ケリー・オハラ・ショウ”の感が強くなっている。居並ぶ男たちを踏み倒すポスターのイメージ通りだ。

 そんなオハラの魅力と同時に観逃せないのがダンス。映画版にボブ・フォッシーが関わっていたことからもわかるように、『キス・ミー・ケイト』というミュージカルのもうひとつの魅力はダンスにある。

 今回の振付はウォーレン・カーライル。過去作は手堅い印象が強いが、今回はけっこう弾けている。

 ことに、劇中劇でカタリーナの妹ビアンカを巡って若い男3人が恋の鞘当てをするナンバー「Tom, Dick or Harry」が秀逸。3人の男性ダンサーが各自の得意なダンスを披露してビアンカに迫る場面で、それも見ものなのだが、それ以上にウケるのが、歌のつなぎの部分にある「Dick, Dick, Dick」という連呼に合わせて3人が一斉に腰を突き出す振付。ご承知かと思うが、「dick」はリチャードという名前の略称であると同時に男性の股間を指す。つまり、そういうシャレ。「Tom, Dick or Harry」という「誰でもいいけど誰か」という意味のスラングから発想した、いかにもコール・ポーターらしい遊びだから、過去の上演でもこうした振付がなされていたのかもしれないが、1999年のリヴァイヴァルでは気づかなかった。少なくとも、ここまでしつこく繰り返してはいなかったと思う(笑)。

来日公演が楽しみな『王様と私』。Photo by Matthew Murphy The London Palladium
来日公演が楽しみな『王様と私』。Photo by Matthew Murphy The London Palladium

 その他、オープニングの「Another Op'nin' Another Show」や第2幕アタマの「Too Darn Hot」などの群舞の見せ場もしっかり作られているし、2016年の舞台版『ホリデイ・イン』に映画版ではフレッド・アステアの演じたテッド役で出演して注目されたコービン・ブルーも各所でキレのいいダンスを見せる。

 とことん楽しいケリー・オハラ主演の『キス・ミー・ケイト』。長~い連休を利用するなどしてニューヨークまで観に出かけるのも一興ではないだろうか。

上演日時および劇場は、Playbill(http://www.playbill.com/production/kiss-me-kate-studio-54-2018-2019)でご覧ください。

『キス・ミー、ケイト』の公式サイトはこちら(https://www.roundabouttheatre.org/get-tickets/2018-2019-season/kiss-me-kate/)。

『王様と私』来日公演の公式サイトはこちら(http://thekingandi2019.jp/)。

『キス・ミー・ケイト』の上演期間は好評を得て6月30日まで延長された。

この記事の執筆者
ブロードウェイの劇場通いを始めて30年超。たまにウェスト・エンドへも。国内では宝塚歌劇、歌舞伎、文楽を楽しむ。 ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」(https://misoppa.wordpress.com/)公開中。 ERIS 音楽は一生かけて楽しもう(http://erismedia.jp/) で連載中。
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」