一文字にウィングチップ、どれを取ってもオーセンティックなのに、明らかな違いがにおい立つ紳士靴ブランド「カルマンソロジー」。
2018年春夏シーズンのデビュー以降、尻上がりに評価を上げているが、もうひとつ、特徴がある。色は、黒一色。黒靴のみの構成ということだ。
黒はベーシックカラーだが主張できる強い色
なぜ、黒だけなのか、黒に何を込めているのか。
金子真氏は、靴デザイナーとして20年に届くキャリアを持つが、カルマンソロジーは、ブランド名はもとより、コンセプトや靴づくりの細部に至るまで自身で決めた。100%金子真氏のものとして取り組んだブランドだ。
「何がリアルで、リアルではないのか。それを見極めたうえで、自分のはきたい靴を、これからの人たちに提案したい。そう考えていると、白い什器の上で、ペンライトに照らし出される、黒い靴たちが見えたのです」
そもそもカルマンソロジーとは、何を意味するのか。「CALM=静けさ、平穏」と「ANTHOLOGY=詩歌集」を合わせた造語。すると「黒」は、静謐な詩的情景の表象なのだろうか。
「僕は、黒い靴が好き。そしてデザインにおいては、黒が基本です。上がってきたサンプルを修正するときなど、0.3mmの銀ペンを使いますが、茶の革に引くと、ただの線。それが黒に引くと、上や下にふくらみが、くっきりと見えるのです」
「靴のデザインは1mmが仕上がりを左右する」と聞いたことがあるが、その3分の1以下の線にこだわり、さらに黒が不可欠というのだ。
「面でデザインをします。たとえば、外羽根のシューレース・ステイと腰革のステッチで囲まれた部分にひとつの面ができます。その線が直線なのか、あるいはどのようにカーブしているかによって、面は微妙に変わります。
特に靴は曲面で構成されていますから、わずかなふくらみが面の形に大きく影響します。黒革は、その線がコントロールできるのです。黒革に線を引くからこそ、面の微妙なデザインが可能になり、僕のデザインが実現されます。カルマンソロジーは特にオーセンティックだから、面のデザインが最終的なテイストに大きく影響します」
紳士靴の本質を見据えたフォルムとデザインは、静謐な「黒」の世界にある!
次にラスト。そこにも黒の意味が存在した。
「ラストのベースは、1960年代に英国でつくられたものです。目ざしたのは、親指を使って歩ける靴。着地すると足の重心は外に向かい、小指の付け根辺りに達すると内に返り足先から抜ける。このローリングするような歩行本来の動きに導くのが、親指が使える靴です。
英国製ラストは美しいだけでなく、その歩き方に適した設計でした。それに僕の考えを加えたのですが、ひとつ特徴を挙げると、ヒールがやや外側に向いています。
ローリング歩行をより確実に引き出すためです。その結果、ラストの中心線が緩やかなS字を描くような形になっていますが、外見はそうは見せないために肉付けに工夫し、ローリング歩行に導く機能を失わせず、かつ違和感のないフラットな印象のフォルムをつくり上げました。
もしヨーロッパの高級靴やビスポークのような土踏まずをせめるなどした曲面的ラストで、かつ茶色だったらどうか。同じような靴になってしまうでしょう。考え抜いたラストに黒革をまとわせたからこそ、明確な違いが出せたのです。黒はベーシックカラーである一方で、主張を表現できる強い色です」
カルマンソロジーは、黒によってカルマンソロジーになり、金子真のデザインは、黒によって完成した。
そして、これまでひと口に黒と言ってきたが、8種類もの黒革を使っている。
「プレーントウには、はきシワが美しく出るデュプイの『サドルカーフ』、サイドゴアには強いギン面とやわらかさを併せ持つアノネイの『ヴェガーノ』というように、靴のタイプによって使い分けています。でも、黒の微妙な差を革として表現するのは難しい。そこで余力のある革、つまり仕上げによってニュアンスの違いを出せる革を選んでいます」
金子氏が自身の手で磨き上げ、最後の仕上げを施し、売り場に出すこともある。
「カルマンソロジーを手に入れた方のなかに、仕上げが気に入ったと道具をそろえて自分で鏡面磨きをしている方がいらっしゃいます。どんなふうにはいてくださってもかまいません。えっ、どんな人にはいてほしいかですか。こだわりを持ち気難しい感じの人…。でも、それはデザイン上のイメージ。実際は、いろんな方にはいてほしい。そして僕の靴が、その方の詩を奏でてくれたら嬉しいです」
金子氏は、黒の靴しかはかない。初めての革靴は、父親から譲り受けた黒のウィングチップ。大きすぎてひもでグルグル巻きにしてはいた。以来、黒の編み上げブーツをはき続け、初めてのドレスシューズはカルマンソロジー。筋金入りの黒靴派だ。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2018年冬号より
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- クレジット :
- 撮影/篠原宏明(取材) 文/大谷知子 構成/矢部克已(UFFIZI MEDIA)