BASELWORLD2019 初日、3月21日のスイス・バーゼルは雲ひとつない快晴でした。
会場もプレスセンターも、例年通りの活気に満ちあふれ、いよいよ「春の時計祭り」が本格的にスタートです。
各国から集ったエディターやジャーナリストが、記事を書いたり一服したりするために集うプレスセンターは、大きな通路を挟んでシャネルのブースの向かいに位置しています。
初日のプレスセンターではもっぱら、シャネルのブースを望みながら、「何ひとつ変わることなく新しく生まれ変わった」アイコンウォッチ『J12』の、逆説的な新作について会話が繰り広げられていました。
シャネルがもたらした、セラミックというセンセーション
2000年、その時計はラグジュアリーウォッチ界に大きな衝撃をもたらしました。そう、漆黒のセラミックの『J12』の誕生です。その衝撃は時計の歴史や概念を変え、多くのブランドが後を追うようにセラミックを用いた時計を続々と発表しました。
その3年後には、またもや一大センセーションを巻き起こしたホワイトセラミックのモデルがデビュー。『J12』は、トータルファッションメゾンとしてモード界を牽引してきたシャネルが、ラグジュアリーウォッチの分野においても台頭するひとつの大きなきっかけをつくったと言っても過言ではないでしょう。
歳月を経ても劣化せず、いつもまでも美しいままでいる真っ黒な時計と真っ白な時計。
シャネルは、誕生から20年目を迎える今年、満を持してこのアイコンウォッチを甦らせました。
何ひとつ変わらず、新しく生まれ変わる
立役者は、シャネル ウォッチメイキング クリエイションスタジオのディレクター、アルノー シャスタン。
彼はこの仕事に着手するにあたり、伝説と成功の礎となるアイデンティティ――『J12』のアイコニックな面持ち、確立された完璧な意匠を変えないことを誓いました。そうして、それらを変えずに、大きな変容と進化を遂げたのが新生『J12』です。
五感に訴えかける、密かで華麗な進化
では、どこが変わったか?
実際に従来のモデルと手にとって比べてみましたが、非常に難易度の高い間違い探しのようです。
主な変化を具体的に列挙すると
・ダイヤルをほんの少しだけ拡張。
・それに伴いベゼルはわずかに細身に、外周にあしらわれた刻みの数が30から40に。
・回転するベゼル内部のツメは60から倍の120に。
・ねじ込み式のリュウズの幅と、セラミック製のカボションサイズを従来の2/3に縮小。
・ケースは若干厚みが増えた分、側面にカーブをもたせ滑らかなラインを構築することで、以前と変わらない印象に。
・ブレスレットのリンクが気持ちだけ長く。
・文字盤の「AUTOMATIC」、「SWAISS MADE」の表記が、シャネル独自に書体に。
・以前は若干異なった、長針と短針の幅が同じに。
時刻を見たときの視認性、手首の装着感、リュウズやベゼルを回す操作性やそのときのフィーリング――間違い探しの正解それぞれがひとつに融合し、より五感に訴えかける進化を果たしました。
しかし、『J12』の最大の進化点はまだあります。
それは搭載されているムーブメントです。
永遠のマスターピースであり続けるために
2019年1月、スイスの高級ムーブメント製造会社・KENISSI社の株式を取得したと発表したシャネル。そのときに、「バーゼル発表の新作にKENISSI社製のムーブメントを搭載するのでは!?」と期待された通りに、早速この新生『J12』に新ムーブメントが採用されました。
ムーブメントの部品のひとつであるローターのデザインは、シャネル クリエイション スタジオが「完全な円」を追求して刷新。スイスの非常に厳格なムーブメント検査機関「COSC(スイス公認クロノメーター検査協会)」のお墨付きを得たこのムーブメントは、約70時間ものパワーリザーブを誇ります。
ケース自体もサファイアクリスタルを施した一体型のセラミックケースに変わり、この美しいムーブメントの動きを堪能できるようになりました。
「何ひとつ変わることなく、新しく生まれ変わる」――そのために、実にコンポーネンツの70%以上のパーツを変え、それに伴い生産ラインも変えたという贅沢すぎる『J12』革命。
これぞ「シャネル」! の美学です。N°5
思えば『シャネル N°5』のボトルも、キルティングのバッグ『2.55』も、もうひとつのアイコンウォッチ『プルミエール』も、誕生から細やかな変化を重ねながらも、パっと見た印象やデザインの核は決して変わりません。
発売から20年、そしてこの先の20年もそれ以降も、『J12』は『J12』であり続けることでしょう。
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- TEXT :
- 岡村佳代さん 時計&ジュエリージャーナリスト