『トッツィー』(Tootsie)の上演が始まったマーキーズ劇場は、マリオット・マーキーズ・ホテルの建物の中にあるというブロードウェイでは異色の劇場で、開場も1986年と新しい。
で、オープニングこそ宝塚歌劇でも知られるロンドン産の『ミー・アンド・マイ・ガール』で当てたものの、続く『将軍:ザ・ミュージカル』が大コケして以降、なんとなく失敗しがちな劇場というのイメージがつきまとう。
実際にはそうでもない作品もあり、例えば、最近では日本で翻訳上演もされた『オン・ユア・フィート!』が746回の公演数を達成している。が、次の『エスケイプ・トゥ・マルガリータヴィル』はプレヴュー込みでも5か月保たなかったりして、負の先入観は強い。この劇場で幕を開けるというだけで心配になるゆえんだ。今回も元ネタが映画だしなあ、と期待しないで観たが、とんだ取り越し苦労。よくできた面白いミュージカルだった。
サンティノ・フォンタナのTVのイメージを生かしてミュージカル化
仕事に関しては容赦のない完璧主義の役者が、それゆえに敬遠され、仕事がなくなる。追い詰められて思いついたのが女装でのオーディション。それが功を奏して見事に受かり、おまけに筋の通った意見が周りに受け入れられてカンパニーの中心人物になっていく。これが前半の大筋。
男性としては反感を買うが、女装をしての正論がフェミニズムの文脈で評価され、女性プロデューサーに認められる、という流れは映画と同じ。今の時代の空気にもピタリとハマる。
1982年の映画版では、受けたのはソープ・オペラ(TVの連続ドラマ)のオーディションだが、今回はそれがブロードウェイ・ミュージカルになっている。この着想が舞台ミュージカル化を実現させたのだろう。最近では珍しく幕を下ろしたまま序曲がしっかり流れた後、オープニングのダンス・シーンが始まり、主人公に扮するサンティノ・フォンタナも踊りながら登場するのだが、そこから自然に物語世界+ミュージカル世界に観客が誘導される。もっとも、このダンス・シーンには裏があり……おっと、これは観てのお楽しみ。
主演のサンティノ・フォンタナは、2008年に『日曜日にジョージと公園で』の脇役兼主演の代役でブロードウェイにデビューした後、同年開幕の『ビリー・エリオット:ザ・ミュージカル』ブロードウェイ版のビリーの兄役で主要キャストとなった人。が、おそらく多くの観客には、2015年に始まったTVのミュージカル・ドラマ・シリーズ『クレイジー・エックスガールフレンド』(Crazy Ex-Girlfriend)に出ていた歌って踊る役者として認識されているはず。オープニングの登場の仕方は、それを見越してのものだと思われ、そのイメージがミュージカル化を成功に導いている。いずれにしても、女装時の淀みのないファルセット発声&歌唱も含め、間違いなく適役。
「Me Too」の先を見据える脚本と楽しめる多彩な楽曲
物語の後半は、主演女優に対する主人公の好意が男性/女装の狭間でこんがらがっていく話を中心に、ダメダメな演出家や、女装時の主人公に思いを寄せる筋肉系男優を交えて、めまぐるしく展開する。その感触は映画版に比べ、かなりコミカルだが、演出家のハラスメント的言動に対しては厳しいし、主人公自身の男性/女装の意識が混乱する表現には、今の「Me Too」的流れから、さらに一歩踏み込んだ姿勢さえ感じる。そうした価値観は元々映画に備わっていたものではあるが、それを時代に合わせて丁寧に改訂した脚本(ロバート・ホーン)の功績は小さくない。主演女優の現代的なキャラクターにも、その成果は表れている。
楽曲は、昨シーズンの『ザ・バンズ・ヴィジット』(The Band's Visit/映画版邦題:迷子の警察音楽隊)でトニー賞の楽曲賞を受賞したデイヴィッド・ヤズベク。同作では題材に沿って異色な作風だったが、今回は、2000年のヒット作『フル・モンティ』(The Full Monty)でも持ち味を発揮していた、ファンキーなR&Bテイストのナンバーから沁みるバラードまで多彩に展開、存分に楽しませてくれる。
演出は上演中の『キス・ミー・ケイト』と同じスコット・エリス。物語の最後を映画と同じセリフで〆る辺りに、手堅いベテランならではのシャレっ気を感じる。
上演日時および劇場は、Playbill(http://www.playbill.com/production/tootsie-marquis-theatre)でご覧ください。
『トッツィー』の公式サイトはこちら(https://tootsiemusical.com/)。
- TEXT :
- 水口正裕 ミュージカル研究家
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」