元号が「令和」になりました。

 いっそう世界との平和で親密な関係を築いていくべき新しい時代の幕開けに、国民のみなさまにご一考を促したい慣習があります。

 日本の礼服システムのなかに頑として存在する、日本固有のジャンル、すなわち、「黒い略礼服」です。結婚式に出席する男性のゲストが、黒い略礼服に白いネクタイをつけて並ぶ光景は、洋服文化の本家から見ると奇異に見えるとのことです。若い世代の間ではその認識も広まり、グローバル基準への変化が見られますが、まだまだ日本には「披露宴には黒い略礼服に白いネクタイを着用するのは常識である」という誤解が深く根を下ろしています。

 しかし、これは日本のみで通用する慣習、しかも第二次世界大戦後の窮乏期に提案された「間違い」が訂正されないまま定着したものです。その略礼服誕生の起源をご紹介します。起源を知ることによって、現在を考え、未来を創るための一助となれば幸いです。

 第二次世界大戦後戦前には軍人や役人は大礼服を着用し、民間人はフロックコートやモーニング、または燕尾服を礼服として着ていました。しかし、戦後は多くの国民は困窮をきわめ、食や住もままならず、場や状況に応じた数種の礼服など考えられない時代になりました。そんな時代に、日本の現状と未来を見据え、汎用性の高い略礼服を考案した人がいたのです。

 仕掛け人は、「カインドウェア」(当時の社名は「渡喜」)の第三代目、渡辺国雄さんです。『ソシアル産業を拓く 渡辺国雄の歩んだ道』(日本繊維新聞社編集、カインドウェア発行、非売品)の中に、渡辺さんが黒い略礼服を創り、市場を創出し、普及に尽力した過程が率直な言葉で記されています。

『ソシアル産業を拓く 渡辺国雄の歩んだ道』(日本繊維新聞社編集、カインドウェア発行、非売品)

 1915年生まれの渡辺さんは神職の家に生まれ、アカデミックな家庭に育った歴史好きの学究肌で、日本刀の研究において第一人者となり、実業の傍ら、神道思想の研究で文学博士になっています。満州やビルマなどの戦地にも赴き、生死を分けるような戦場体験も経て、終戦後、妻の実家の紳士洋服商に身を投じて基礎知識ゼロからアパレルビジネスを始めます。ビジネスにおいては、「風呂敷に見本を入れ、地方の統制会社を訪ね、商売のコツを第一歩から学ぶ」ことを日課とします。また、服作りにおいても「職人の家に数か月間通いつめ」洋服の作り方を基本から学ぶなど、地道な努力を重ねました。

 洋服会社としての特徴を作ること、今の言葉でいえばブランディングですが、それを考える中で、自分自身のルーツや歴史好きな特性も考えあわせて、次のような商品を作ることを決意します。

「天候に関係ない商品あるいは流行に余り左右されることがなく、少しでも長く着用できる商品。そして歴史的、宗教的な配慮を込めた商品」

 ほかならぬ礼服ですね。

 まだ食べるだけで精いっぱいという時代でしたが、「国民の生活水準は、これから徐々に回復してくるだろう。衣食が豊かになれば礼節も知るようになろうし、必ず時代にふさわしい礼装が必要になる」と確信しての決断でした。

 未来を見つつ、当時の日本の状況にも合う礼装について研究を重ねた渡辺さんは、試行錯誤の結果、最終的に「黒の両前(ダブル)スーツ」を商品化します。黒×白にしたのは、羽織・袴の印象ともなじみやすいことがあったようです。ダブルにしたのは「シングルより立派に見えたから」。ズボンの裾もダブルにしました。しかし、西洋では礼装ズボンは常にシングルです。この略礼服は日本でしか通用しません。なのに、このダブルの略礼服が、日本の礼服の基本形として定着していくのです。

「こんなスタイルの礼服がヨーロッパのしきたりでは、とうてい受け入れられないとは気が付かなかったし、近代日本社会の礼服の原型になろうとは思いもつかなかった」「私の無知からデザインされた礼服」になってしまった、と渡辺さんは「わびるように」振り返っています。

 渡辺さんの名誉のために加えるならば、その後も渡辺さんは市場創出に力を尽くしています。百貨店で業界初の礼装コーナーを設置したことをはじめ、社交的にも着用可能なシングルスーツを開発し、アクセサリーも含めてフォーマルウエアを総合化していくなど、企業努力を続けています。昭和43年には皇居新宮殿が落成しますが、このときに宮内庁から「公式礼服の御用を拝命」します。皇室の礼装は戦争による外交の断絶もあって、昭和10年ごろのままの状態でしたが、渡辺さんは「イギリスの王室をご訪問される際、その礼装で批判や評論を受けるようでは、日本国民のひとりとして相済まない」という思いを抱き、英国の王室御用達テーラー「ハンツマン」と技術提携を始めるとともに、皇室礼装の近代化を進言しています。

 日本の黒い略礼服の誕生には、以上のような物語があります。戦後の日本の窮状に合わせ、「礼装が必要になる」未来のために考案された略礼服は、半世紀以上経った今、それなりに意義を果たしたのではないでしょうか。元号が変わり、2020年にはオリンピックも開催されます。未来を見据えた礼装をという渡辺さんの思いを受けとめつつ、グローバル時代を視野に入れて礼服をバージョンアップする転機でもあります。

 もはや日本の民族衣装(!)として定着している略礼服なので、これはこれでよいと考える受け止め方もありましょう。しかし、せめて、考案者が「まちがいだった」と認めているcostume(衣装)がcustom(慣習)として定着したにすぎない例を、「常識である」と強要することの滑稽さは自覚しておきたいものです。スーツポリス、着物ポリスの「正しさ」の強要にそこはかとなくつきまとう狭量な滑稽さにも似たようなものを感じます。起源を知り、「正しさ」の根拠がどの程度のものかを認識したうえで、「慣習」と自分なりの距離をとる。それが人間らしく知的な振る舞いだと思います。

 貴重な歴史的資料をご貸与くださったカインドウェアに感謝します。

この記事の執筆者
日本経済新聞、読売新聞ほか多媒体で連載記事を執筆。著書『紳士の名品50』(小学館)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)ほか多数。『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)6月26日発売。
公式サイト:中野香織オフィシャルサイト
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