ぼくなんかが日々出入りしているファッションメディアとファッションの業界には、ミエっぱりがやたらと多いんです。服や靴、時計やアクセサリー、はたまた自転車やスマホのカバーまでどこかで他人が持っていないモノで差をつけようというコンタンが見え見え。子供っぽいと思われるだろうが、ひと様より一歩でも半歩でも先に情報をキャッチし、カタチにしていく職業なのだから、いたしかたないところもある。尋常ならざる物欲と好奇心、そして自惚れは、ぼくたちの仕事の原動力ちっくなところもあるのである。

 このミエですが、カタチあるものとは限らない。知的ミエというのもあるんですな。芸術、文学、映画、音楽、建築などメディアやファッション業界の人間は、一応なんでも知っているという顔をするのである。顔ですよ、あくまで顔。

 フェリーニと並び、イタリアの代表的映画監督であるルキノ・ヴィスコンティも、業界人の知的虚栄心がいたく刺激されるビッグネームのひとりであるね。その名前がでると、編集者、ライター、デザイナー、プレスのひとやスタイリストさんたちは、ほぼ100%〈クラシックとして当然知ってるけど、それが?〉という表情をしますもの。


 しかし、彼らが実際、ヴィスコンティの何を知り、どれだけ細かく作品を観、関係書を繙いているか、まったくもって怪しいということをぼくは経験的に知っている(笑)。ファッションデザイナーを筆頭に、欧米のトップクリエーターたちが讃嘆するから、それに倣って「ヴィスコンティ、いいすよね」というひとたちがいかに多いか。

 昨年は、そのヴィスコンティの生誕110年、没後40年ということで素晴らしい書籍が刊行されたり(『ルキノ・ヴィスコンティの肖像』キネマ旬報社刊)、年末から『若者のすべて』や『郵便配達は二度ベルを鳴らす』、『揺れる大地』などがデジタル修復版で立て続けに公開されている。そして、ぼくがなんとしてもみなさんに観ていただきたい作品『家族の肖像』(むろんデジタル修復版)も2月11日から東京岩波ホールで上映される。岩波ホールは1978年、初公開時のスクリーンでもあるわけです。これはけっこういかしてますね。

 さて長短20ほどあるヴィスコンティ作品のなかから、ぼくが『家族の肖像』を推す理由は、この作品の主人公がぼくたち日本のおとなの男を感じさせるとことが多々あるからなんですよ。とっつきやすく、コメディ性すら感じられる、実にコンテンポラリーな作品で、おそらくヴィスコンティ入門映画としてはこの『家族の肖像』にとどめを刺すでしょう。とりあえずのグラスシャンパーニュといいますか。でもね、それがまた文句のつけようがないヴィンテージシャンパーニュなんであります。

 若いころはこの作品を自分のこととして受け取る想像力も、当然ながら経験もなかった。20年ぐらい前、最後に観たときはヴィデオの小さい画面だったので、この芝居が放つ強烈な人生のエネルギーに感電できなかった。試写が始まったとたん、おそらく最後まで脚を組みなおすこともなく画面に没入したなんてもう何年も経験したことがなかった。

 バート・ランカスターが演じる主人公の老教授(どうなんだろう、老教授とパンフレットにも解説書にも書いてあるが、「現役」の教授なのかどうかは定かではない)、彼のローマの自宅における静かな生活は、まさしくぼくの理想であります(これが40年前の初見のときはわからなかった!)。ため息がでました。


 美しい羊皮紙の蔵書に囲まれ、天井の高い屋敷の壁には映画のタイトルになっている、彼が収集・研究の対象としている18世紀から19世紀に英国でよく描かれた家族団欒図(カンバセーションピース)が絶妙なレイアウトと飾られている。すわり心地のよさそうなソファやコーヒーテーブルに置かれた彫像やアンティークのシガーケース、美術誌。窓からは見事なローマの眺望です。


 ひとり住まいではあるけれど、住み込みの家政婦が料理からなにから全部やってくれるですよ。お金がかかったパンフレットのなかで、評論家の海野弘さんは教授の生活ぶりを「孤独な楽園」と言っているが、ぼくなら「非の打ちどころがない」とヒトコトその前に加えますね(笑)。


 1年に2、3回、大学の教授なんだからデキがよくってかわいい女子学生でも食事に招待すれば十分愉しい人生ではないか、とぼくは思うのですがどうでしょう? 2000年代のぼくたちにとって「孤独」こそが生まれついての人生のパートナーなんでありますから!

<『家族の肖像』其の弐>

「家族の肖像 デジタル完全修復版」
2017年2月11日(土)より、岩波ホール他全国順次ロードショー
©Minerva Pictures
ザジフィルムズ
この記事の執筆者
TEXT :
林 信朗 服飾評論家
2017.6.21 更新
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。