もっとも、フェスがどんなに行楽的であったとしても、新鮮な音楽との出合い、そして音楽がもたらす豊かさがそこにはある。というか、いまや新しい音楽と遭遇するのに、フェスなどのライブイベントは数少ない機会のひとつのように思える。音楽パッケージが配信へと変わることで俯瞰的な音楽探しが難しくなり、ラジオがFM局も含め限られたメガヒットアーティストをリフレインすることに多くの時間を割き、音楽雑誌などのメディアが縮小している昨今の環境が、その傾向に拍車をかけている。個人的な経験においても、フェスシーズンがまだ本格化しはじめる5月から6月にかけて参加した音楽イベント、そこで出合ったアーティストの音楽は、そんなライブイベントの力を感じさせるものだった。

そのひとつが、5月のゴールデンウィークに、伊勢丹新宿店の本館5階インテリア売場とメンズ館8階のサロン「チャーリーバイス」で行われた「MUSIC 解放区 with Sofar Sounds」というイベント。これは伊勢丹新宿店の新しい試みとして、「Sofar Sounds Tokyo」とコラボレーションして、来店客向けに新たな音楽体験を提供するのだという。巷間囁かれている「モノからコトへ」という消費動向の変化に対応する百貨店の施策の一環、ということだろうか。 

この「Sofar Sounds Tokyo」とは何か? それは、2010年にロンドンでスタートし、いまや世界240都市で開催されている音楽イベントプラットフォーム「Sofar Sounds」の東京ブランチのことを指す。 

ライブは、個人宅のリビングなどのプライベートな空間で行われる。ライブの告知や参加者の募集はサイトやSNSを通して行われ、各ライブには複数のアーティストが出演するが、その内容は当日までシークレット。出演アーティストはノーギャラ、運営スタッフなどはボランティアだが、ライブ終了時に観客に帽子をまわして寄せられた「投げ銭」が映像製作の実費に充てられ、その映像は世界中のライブ映像が集まるSofar Soundsのサイトで公開される一方、出演アーティストにも贈呈される。以上がSofar Soundsのシステムである。リビングのような場所での開催も、当日まで不明な出演者や内容も、「音楽との距離感を縮める、または音楽との関係性をリフレッシュするための仕組み」と解せるだろう。伊勢丹はそこに、新しさと可能性を感じたのかもしれない。

6日間で6アーティスト、いずれも魅力的なライブを披露していたが、ここでは最終日に演奏したKai Takahashiを挙げたい。パーティミュージック調のポップ感あふれるラップトップミュージックを披露していた高橋海は、バンドLucky Tapesのフロントマンでもある。7月にアルバム『Cigarette & Alcohol』をリリースし、先のフジロックにも出演したLucky Tapesは、現在日本のミュージックシーンで注目を集めている「シティ・ポップ」ムーヴメントの一翼を担う存在といわれる。

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シティ・ポップと聞くと、ある年齢以上の音楽好きならば、はっぴいえんど周辺やシュガーベイブ周辺、ユーミン周辺、さらには彼らの影響を受けた音楽を連想する人が多いだろう。例えばピチカート・ファイヴやコーネリアス、フィッシュマンズ、くるり、キセル......もちろんそれぞれの音楽性は異なるものの、「都市に響くポップス」を志向するという点においては、それは連綿と受け継がれていたともいえる。数年前には流線形など「まんま80年代のシティ・ミュージック」を志向するアーティストも登場し、シティ・ポップというワードは一気に注目を集めた。いま現在はそのブームの何度目かのうねりといえるだろうか。

高橋海のソロアクトから遅まきながらLucky Tapesを知り、最新作を含め聴き進めるうちに、自分がかつて昔日のシティ・ポップに見いだしていたものに似た感覚を、彼らも備えているように感じられた。高橋健介のギターには適度な軽さとキレがあり、例えばYMOに大村憲司や渡辺香津美が参加していた時のような、または山下達郎における椎名和夫のような、ポップの文脈に沿いつつ刺激する、スパイスのような存在感を示している。そしてキャッチーなメロディとリリックを歌う、一聴きわめてスウィートな高橋海のヴォーカルの内奥には、クールネスが感じられる。あからさまな「熱」で形成された音楽はどこかシラケる、かつてそんな風にニューミュージックの一群を冷笑していた自分にとっては、そのクールさこそ心地よく、さらにはLucky Tapesのポップ性を高めることになっているように思えた。ポップスには抽象性、というか「距離感」が重要だということを、彼らの音楽から再認識した。

打ち込みで音楽の全てがつくれてしまう昨今において、キーボード(高橋海)、ギター(高橋健介)、ベース(田口恵人)と、プレイヤーベースの音楽に取り組むことは、意外に「熱っぽい」行為なのかもしれない。その一方で、自分たちの音楽を拡散するために、かつてよりライブが重要な環境においては、PCで「再生」「操作」するだけでなく、手で「演奏」する領域の多い彼らの音楽には、大きなアドバンテージがあるように見える。そのあたり、ソロでは打ち込みベースの音楽を披露する高橋海は、きっと十分にわかった上で音楽に取り組んでいるに違いない。こうしたどこか「計算された感じ」もまた、フィル・スペクターの昔から、ポップスの構成要素といえるかもしれない。

(この稿つづく)

この記事の執筆者
『エスクァイア日本版』に約15年在籍し、現在は『男の靴雑誌LAST』編集の傍ら、『MEN'S Precious』他で編集者として活動。『エスクァイア日本版』では音楽担当を長年務め、現在もポップスからクラシック音楽まで幅広く渉猟する日々を送っている。