東京・ラフォーレミュージアム原宿の会場にずらりと並んだ色とりどりのギターが200本。

 6月中旬に上陸した『フェンダー』のトップラインブランドFENDER CUSTAM SHOPのイベント。一般公開の前日に「全国の楽器店、およびアジア各国・地域の販売代理店のための選定会」が行われていた。

『フェンダー』の魅力はアーティストが奏でる音だけではない!

展示イベントの目玉のひとつとなった、ジミー・ペイジの「ドラゴンテレキャスター」と「ミラーテレキャスター」の完全復刻モデル。写真提供:フェンダーミュージック
展示イベントの目玉のひとつとなった、ジミー・ペイジの「ドラゴンテレキャスター」と「ミラーテレキャスター」の完全復刻モデル。写真提供:フェンダーミュージック

 今回のラインナップは、最上位ブランドのフェンダー カスタムショップ(ほかに、中位のフェンダー・レギュラーライン、下位のスクワイヤー・バイ・フェンダーがある)。日本の楽器店はもとより、中国、シンガポール、韓国、タイ、香港、オーストラリアなど各国のバイヤーが買い付けにくる。一番取引量が多い価格帯は50万円~100万円のゾーンで、約400本が取引された。

Char、岸谷 香、ハマ・オカモト(OKAMOTO’S)など、12人のアーティストが所有する実機コレクションを間近で見られる展示コーナーでは、お目当てのアーティストのギターをカメラにおさめるファンが後を絶たなかった。
Char、岸谷 香、ハマ・オカモト(OKAMOTO’S)など、12人のアーティストが所有する実機コレクションを間近で見られる展示コーナーでは、お目当てのアーティストのギターをカメラにおさめるファンが後を絶たなかった。

 もっとも高額なものは、元レッドツェッペリンのジミー・ペイジが監修し、完全再現した「ドラゴンテレキャスター」と「ミラーテレキャスター」。「ドラゴンテレキャスター」は、デビューアルバム『レッドツェッペリン1』(1969年)の録音に使われたものだ。限定モデルは世界で各50本で価格は320万円というから宝飾品並み。

イベント前日に行われたバイヤーによる選定会で買い付けられたギターには、取引先のカードが貼り付けられている。
イベント前日に行われたバイヤーによる選定会で買い付けられたギターには、取引先のカードが貼り付けられている。

 フェンダー カスタムショップのラインの特徴のひとつとして、見事なまでのエイジング加工がある。

 2019年発表の新作なのに、ボロボロの見かけなのだ。デニムのダメージ加工を想像していただくと良い。かつて、ジミ・ヘンドリックスやエリック・クラプトン、リッチー・ブラックモアらが昔の音を求めて古いギターを探し出して演奏したという経緯があり、フェンダーギターはことさらヴィンテージの価値が高い。ならば、完全再現で新たに作り出してしまおう、というわけである。

 例えば、当記事の<前編>で紹介したシニアマスタービルダーのトッド・クラウスが製作して出品した「1956 ストラトキャスター」。これは、1956年に作られたストラトキャスターと同様のボディ形状、同様のパーツ成形を行い、当時の木、当時の金属、当時の製法に則って作ったものだ。これを「NOS(ニュー・オールド・ストック)」と呼ぶのだが、この上にさらに、経年劣化を表す「汚し」をかけている。しかし、モノ自体は2019年産のバリバリの新品なのだ。

トッド・クラウスが作った「1956ストラトキャスターのレリックモデル」

トッド・クラウスが作った「1956ストラトキャスターのレリックモデル」。1956と書かれているが作ったのは2019年。ボディのふちにぐるりと擦り傷があり、黒の塗装が剥がれている仕様。中国のバイヤーに買われた一本。
トッド・クラウスが作った「1956ストラトキャスターのレリックモデル」。1956と書かれているが作ったのは2019年。ボディのふちにぐるりと擦り傷があり、黒の塗装が剥がれている仕様。中国のバイヤーに買われた一本。

 この「汚し」の掛け方の熱の入れようがフェンダー カスタムショップの魅力。ヴィンテージのようなやれた風合いを愛でることがオツとされるので、もう少し詳しく見てみよう。

 まず覚えるべきは「レリック」というワード。英単語の「relic」自体は、「遺物、遺品」などの意味。ギター製作の匠こと、マスタービルダーたちは「レリック加工」の達人なのだ。今日作り上げたギターを、50年以上前のギターに見せる加工技術を持っているのだ。

 加工例として、表面に光沢を出すために塗られたラッカーのひび割れ(ウェザーチェック)、ペグなど金属パーツのサビ、塗装の剥げ、弾き込んだためのピックによる擦れ、擦り傷、ベルトのバックルが当たった削れ(裏側)、ボディーをゴツゴツぶつけてしまった打痕、プラスティックパーツの変形・割れといったことができる。

 ああ、だいぶ時間が経ってるなあ、という仕様を「レリック」、どこから発掘してきたのだというほどボロい仕様を「ヘヴィ・レリック」と呼ぶ。そう、あくまで仕様なのである。

 また、興味深い分類があって、「どういう扱われ方をしたから、こんな風にボロくなりました」というストーリー(方向性)が設定されているのである。

【クローゼット・クラシック】弾かれないまま、押し入れに放り込まれっぱなしになっていたギターという設定。木部は比較的きれい。

【ラッシュ・クローゼット・クラシック】オーナーによって長年大事に扱われてきたギターという設定。新品に近いが塗装に独特のクラックがみられ、経年の味わいが醸し出される。

【ジャーニーマン・レリック】オーナーチェンジが繰り返された。大事に使われたが何人かの手を渡ったため、傷のクセが数人分ある。

再現性が高い「レリック加工」

「ヘヴィレリック」仕上げの作品を近くで見ると……ボディー表面の傷みの酷さはさることながら、弦を支える金属部品が錆びている。埃も詰まっていて、油も浮いている。どうしてここまで正確に再現するの?
「ヘヴィレリック」仕上げの作品を近くで見ると……ボディー表面の傷みの酷さはさることながら、弦を支える金属部品が錆びている。埃も詰まっていて、油も浮いている。どうしてここまで正確に再現するの?

 なんとも細かい設定に驚きを禁じ得ない。

 ほかに、「塗装の二重塗り」というパターンもある。

「元々は、その昔に父が使っていたギター。当時はペイズリー柄で、父は相当弾き込んだらしく、一部分、塗装が剥げて地の木目が見えている。それをもらった僕は上から真っ黒に塗り直して自分のギターとしてプレイした。弾き込んでいくうちに、黒塗装が剥げて、一部分はペイズリーが見えている。その下には木地も」

 みたいな、細かな設定仕様のギターも作れるというわけだ。

 ロックギターの世界で独自に発展していくレリック加工の世界はかように奥深い。ギタリストは物語を抱えて音を鳴らすのである。

ジョン・クルーズとのトークイベントが終わった斎藤宏介氏が手にしているのは、FENDER CUSTOM SHOP MICHAEL LANDAU SIGNATURE 1963 RELIC STRATOCASTER。「夢が覚めたら(at the river)」のギターソロのレコーディングでも使用されている。
ジョン・クルーズとのトークイベントが終わった斎藤宏介氏が手にしているのは、FENDER CUSTOM SHOP MICHAEL LANDAU SIGNATURE 1963 RELIC STRATOCASTER。「夢が覚めたら(at the river)」のギターソロのレコーディングでも使用されている。

 トッド・クラウスは、「どうやって古く見せているのか?」との質問に、「ビルダーそれぞれでオリジナル技を持っている。トンカチを使ったり、チェーンを使ったり、いろいろだ」と職人技のディティールをはぐらかせていたが、ギターの仕組み、素材、歴史を知り尽くした男たちだけが、時間を操る力を持つのだろう。

ワークショップで実際の組み上げをやって見せるトッド・クラウス。ボディーにアセンブリー(電気回路)やネックを組み込んでいく。慎重に繊細に動く彼の指は大男らしく太い。
ワークショップで実際の組み上げをやって見せるトッド・クラウス。ボディーにアセンブリー(電気回路)やネックを組み込んでいく。慎重に繊細に動く彼の指は大男らしく太い。

 ともあれ、ギターの持つ傷の味わいがなんともチャーミングなことはお伝えできたかと思う。ロックギターの値打ちは、傷にあり!

 最後に、トッドの言葉を再掲しておこう。

「ピカピカのギターにひょんなことから最初の傷が入るだろ。そうして、練習すれば練習するほどギターには次から次へと細かい傷が入って行くんだ。抗えない。決して最初には戻らない。でもね、傷が入れば入るほどそのギターは君のものになるんだよ。ギターと人が一心同体になるには練習しかない。ロックギターの傷がとりわけ特別なのはそのせいなんだ」

 読者の中には、かつてのギター少年がいることだろう。今も弾き続けている方もいらっしゃるはず。ギターは弾けば弾くほど分かち難い相棒となっていく。一本のギターとの出会いが人生を豊かにする。そういえば、世界最高のギタービルダーであるトッドは……ギターを弾くのか?

「もちろん弾くさ。金曜と土曜は2時間くらいは家で弾く。一生かけて習っているのが、ジミー・ヘンドリックスの『リトルウィング』。あとワンセクションで一曲覚えるところさ。僕の家族はこればっかり聞かされているからいやな顔をするんだけどね(笑)。腕前? 以前は、僕が弾き始めると犬が部屋から逃げ出していたけれど、今ではそばで聴くようになった(ウインク)」

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この記事の執筆者
TEXT :
輔老 心 
男性週刊誌、漫画誌に、ライブ感ある取材記事やインタビュー記事を発表している。著書に『いやし犬まるこ』(岩崎書店)、『スーパーパティシエ 辻口博啓 和をもって世界を制す』(文藝春秋)ほか。
PHOTO :
西山輝彦
EDIT :
堀 けいこ
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