今年4月、東京・池袋で87歳の男性が運転する車が暴走し、12人を死傷させる事故が起きました。6月には、大阪、福岡、名古屋でも高齢ドライバーによる自動車事故が報じられ、大きな関心を集めています。

自動車保険で補償されるのは「事故を起こした当事者が車を運転していた場合」だけ

自動車保険で補償されるのは、事故を起こした当事者が車を運転していた場合
自動車保険で補償されるのは、事故を起こした当事者が車を運転していた場合

タミコさん(70歳)の夫・エイジさん(75歳)は、運転歴50年。無事故無違反で、運転技術には自信を持っており、こうしたニュースを見ても「自分には関係ない」と思っていました。

ところが、5月のとある日曜日のこと。いつものように、ふたりで近所のショッピングセンターに買い物に行き、自宅に戻って駐車場に車を停めようとしたところ、エンジンとアクセルを踏み間違えて、隣家の塀に車を激突させてしまったのです。

初歩的な操作ミスによって、まさかの事故を起こしたことで、エイジさんはすっかり意気消沈。「自分を過信していた」と反省しきりです。

 不幸中の幸いで、タミコさんもエイジさんも軽いケガで済み、他にケガ人はなし。自分たちのケガの治療費や隣家への損害賠償は、加入していた任意の自動車保険で補償してもらうことができました。

【前編:高齢ドライバーの交通事故が多発、損害賠償は5億円を超えるケースも!】

でも、一口に交通事故といっても、自分が車を運転して引き起こすもののほか、自転車による事故、歩行中の事故などさまざまです。自動車保険で補償されるのは、事故を起こした当事者が車を運転していた場合で、認知症の高齢者が電車の線路内に入り込み、電車を遅延させたようなケースでは、他人に損害を与えたとしても、自動車保険ではカバーされません。

そこで、加入を検討したいのが、「個人賠償責任保険」です。認知症患者による線路内立ち入りのほか、自転車事故を起こしたり、子どもやペットが他人にケガをさせたりした場合にも、補償の対象となります。

本記事では、タミコさん・エイジさん夫婦のケーススタディから、個人賠償責任保険の補償範囲、加入方法、最近の商品動向などについて、前編に引き続き、ファイナンシャル・プランナーの竹下さくらさんにアドバイスしていただきます。

認知症の高齢者による鉄道事故は、賠償金支払いの可能性もあった!

認知症の高齢者による鉄道事故は、司法ではどう判断された?
認知症の高齢者による鉄道事故は、司法ではどう判断された?

「個人賠償責任保険」に注目が集まるきっかけとなったのが、2007年12月に起きた、認知症の高齢者による鉄道事故です。

認知症を患っていたAさん(91歳・当時)は、同居していた妻(85歳・当時)が目を離したすきに自宅を出て徘徊。鉄道の線路内に立ち入り、走行してきた列車にはねられて、亡くなってしまったのです。

痛ましい事故でしたが、鉄道会社はAさんの遺族に対して、振替輸送費などとして、約720万円の損害賠償を請求。一審の名古屋地裁は、Aさんの妻と長男に対して、請求額の全額の支払いを命じる判決を下しましたが、二審(控訴審)の名古屋高裁では、同居していたAさんの妻にのみ監督義務者の責任があるとして、請求額の半額の約360万円の支払い命じる判決に覆りました。

これに対して、最高裁は、Aさんの妻は監督義務者の立場にはないと判断し、遺族側の逆転勝訴で、鉄道会社の請求は全面的に棄却されました。

監督義務者とは?

民法第714条では、責任能力のない人が第三者に損害を与えた場合、監督義務者である家族に賠償責任があるとしていますが、この事故においては、妻や長男には「法定の監督義務」はないと、最高裁が判断したからです。

このケースでは、妻が85歳と高齢なうえに、妻自身が介護保険の要介護1の認定を受けていました。Aさんの介護をするにあたっては、長男がサポートしていたため、Aさんの線路内立ち入りを防止するのは難しかったと判断。また、長男の監督義務についても、Aさんと同居しておらず、接触も少なかったことから、責任を問うのは難しいと判断したのです。

そのため、Aさんの遺族は損害賠償の支払いを免れました。ただし、最高裁は、この判決を下すときに、法定の監督義務者に当たらない場合でも、具体的な事情のもとで「認知症患者の第三者に対する加害行為の防止に向け

た監督を行って、その監督を引き受けた」と認められる人については、法定の監督義務者だという見方ができるという考え方を打ち出しています。

つまり、仮に妻が元気で要介護認定を受けていなかったり、長男が同居していたりした場合は、法定の監督義務があるとして、鉄道会社が勝訴し、賠償金の支払いが命じられていた可能性もあるのです。

日常生活上の損害賠償リスクをカバーできるのは「個人賠償責任保険」

超高齢化社会の事故に、どう対応していくべきなのでしょうか?
超高齢化社会の事故に、どう対応していくべきなのでしょうか?

認知症を患っているなどで、責任能力がない人が、こうした鉄道事故や自動車事故を起こしてしまった場合に、どのように対応すべきなのか。超高齢社会となった今、問題を家族だけに押し付けず、社会全体で考えていく必要がありますが、現実社会では、その経済的負担が個人に重くのしかかる可能性があることは、否定できません。

自分や家族が病気やケガをした場合、その医療費のほとんどは公的な健康保険でカバーされるので、ある程度の貯蓄があれば対応できます。でも、第3者をケガさせてしまったり、物を壊してしまったりした場合の公的保障はありません。

また、その損害額がいくらになるかは、被害者の年齢や職業、事故の状況などによってケースバイケースです。前編記事でも見たように、過去の判例では損害額が数億円単位に及んだこともあります。よほどの資産家でもない限り、手持ちの貯蓄では賠償金を支払うことはできないでしょう。

「このように、発生する確率は低くても、万が一、事故を起こしてしまったら、貯蓄では対応しきれないものは民間の保険で備えるのが合理的です。その一助となるのが個人賠償責任保険で、日常生活上で起こるさまざまな損害賠償のリスクに備えることができます」(竹下さん)

個人賠償責任保険は、第三者(家族以外の他人)にケガを負わせてしまったり、他人の物を壊してしまったりして、法律上の賠償責任をおったときに、損害賠償金を補償してくれるほか、裁判になった場合の訴訟費用などをカバーするための損害保険です。加入者本人だけではなく、家族が起こした事故についても補償され、次のようなケースが保険金の支払いの対象になります。

●個人賠償責任保険で補償されるケース

・自転車の運転中に、通行人にぶつかってケガを負わせてしまった。
・停めてあった車に、自転車がぶつかって、車体に傷をつけてしまった。
・階段で転んで、他人を巻き込んでケガをさせた。
・子ども同士で遊んでいるときに、自分の子どもが友達にケガを負わせた。
・子どもがいたずらして、友人の家の調度品を壊してしまった。
・ペットが噛みついて、他人にケガを負わせた。
・洗濯機が壊れて、マンションの階下の人の家に、水漏れ損害を負わせた。
・ホームパーティーでふるまった料理で、来客が食中毒を起こした。
・ベランダから物が落ちて、通行人にケガをさせてしまった。
・ガス漏れ事故で、隣家に損害を与えた。
・誤って鉄道の線路内に立ち入って轢かれて、電車を遅延させた。

●補償対象(被保険者)

・本人
・配偶者
・同居の親族
・別居の未婚の子ども

※上記の4つが基本だが、別居の親まで補償範囲に含めている商品もある。

これだけ幅広くカバーしてくれるとなると、ぜひとも加入しておきたい補償ですが、「個人賠償責任保険」を単体で販売している保険会社は、ほとんどありません。というのも、個人賠償責任保険は、保険金額1億円でも、年間保険料が1000~2000円程度と安く、これだけを販売しても、保険会社の利益はほとんど出ないからです。

では、どうすれば個人賠償責任保険に加入することができるのでしょうか?

火災保険や自動車保険、傷害保険の「特約」として個人賠償責任保険に加入する

個人賠償責任保険は、火災保険、自動車保険、傷害保険などに、特約として加入するのが一般的
個人賠償責任保険は、火災保険、自動車保険、傷害保険などに、特約として加入するのが一般的

「個人賠償責任保険は、火災保険、自動車保険、傷害保険などに、特約として加入するのが一般的です。補償の対象になる人(被保険者)は、基本的には加入者本人のほか、配偶者、同居の親族(子どもや親)、別居の未婚の子どもまで。ただし、Aさんの鉄道事故が社会問題化してから、大手損保会社を中心に補償範囲を拡大する動きが加速しており、別居の親が起こした事故についても、補償してもらえる商品も出てきています」(竹下さん)

すでに、火災保険や自動車保険、傷害保険に加入している人は、個人賠償責任保険が特約で付帯されているかどうか、確認してみましょう。特約がついていない場合は、新たに加入を検討したいものですが、その時は次の4つチェックポイントをクリアする商品を選ぶようにしましょう。

■1:監督責任者である自分が、確実に「被保険者」となっている個人賠償責任保険に入っているか?

■2:親と別居で、親が入っている個人賠償責任保険で補償する場合は、事故を起こした親が「責任無能力者」だったときに監督義務者(別居・別生計の親族・後見人)を補償対象にできる商品に入っているか?

■3:賠償責任の保険金額(上限額)は1億円以上あるか?

■4:示談交渉サービスはついているか?

「過去の判例を見ると、交通事故の損害賠償額は高額化していますから、保険金額は最低でも1億円は欲しいところです。個人賠償責任保険は、補償される保険金額が高くても、加入者が支払う保険料はそれほど変わらないので、保険金額が無制限などのプランなら、さらに安心です。また、示談交渉サービスがついていると、事故処理に詳しいプロが、契約者に代わって事故の相手とやりとりしてくれます」(竹下さん)

お金ですべては解決できないが、せめて損害賠償の支払いができるように

超高齢社会となった今、エイジさんの事故や認知症のAさんの事故は、他人事ではありません。もしかしたら、自分が…。もしかしたら、自分の親が…。その当事者になるかもしれません。

交通事故で重い障害が残ったり、亡くなったりした場合、被害者や遺族が憤りを抱えるのはもちろんですが、事故を起こした加害者も、その責めを一生、心に抱えながら生きていくことになります。

お金ですべてが解決できるわけではありませんが、せめて損害賠償の支払いは十分にできるようにしておきたいもの。その意味で、個人賠償責任保険は強い味方となってくれそうです。

 とはいえ、保険はあくまでも、万一の事故の補償をするものです。保険に入れば、事故がなくなるわけではありません。問題の本質は、どうすれば高齢ドライバーの事故を減らせるのかを考えることにあるでしょう。

 現在、国はさかんに高齢ドライバーの運転免許証返納を勧めています。また、自動ブレーキや安全運転を支援する機能を搭載した車に限定した運転免許を新設する方針も、打ち出しています。

でも、車がないと買い物すらままならない地域もありますし、誰もが安全運転機能のある車を購入できるわけでもありません。免許証を返納したり、安全運転機能のある車を購入できなかったりして、車を手放したあと、その高齢者の日常生活をどのように支えるのかも、合わせて考えなければいけない問題でしょう。

竹下さくらさん
ファイナンシャル・プランナー(CFP)/なごみFP事務所
(たけした さくら)宅地建物取引士資格者、千葉商科大学大学院(会計ファイナンス研究科、MBA課程)客員教授。東京都中高年勤労者福祉推進員。慶應義塾大学商学部にて保険学を専攻。損害保険会社勤務を経て、1998年よりファイナンシャル・プランナーとして独立。個人向けの住宅ローンや生命保険などのコンサルティング業務を主軸に、セミナーでの講演、新聞や雑誌等への執筆活動など幅広く活躍。「『家を買おうかな』と思ったときにまず読む本」「『保険に入ろうかな』と思ったときにまず読む本」(いずれも日本経済新聞出版)など、著書多数。最新刊「書けばわかる!わが家にピッタリな住宅の選び方・買い方」(翔泳社)が、2019年6月に発売されたばかり。
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この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。