自分が、自分の家族が「高齢ドライバーの交通事故」を起こしてしまったら…

【ケーススタディ】5月の日曜日の昼下がり。タミコさん(70歳)は、夫のエイジさん(75歳)が運転する車で、近所のショッピングセンターに行き、いつものように買い物をして、いつものようにふたりでコーヒーを飲んで、帰路につきました。

家に着いたら、夕食を作って、ふたりで食べて、お風呂に入って、一日を終える。その日も、穏やかに一日が暮れていくはずだったのに……。

自宅に戻って、ギアをバックに入れて駐車場に車を停めようとした、そのとき! エイジさんが、ブレーキとアクセルを踏み間違えて、隣の家の塀に激突してしまったのです。そのまま庭に侵入し、住宅の壁一歩手前で、ようやく車はストップ。

事故の理由はブレーキとアクセルの踏み間違い
事故の理由はブレーキとアクセルの踏み間違い

「強い衝撃を受け、一瞬、何が起こったのか、わかりませんでした。ふたりとも軽いケガで済みましたが、車はペシャンコに。お隣の家の塀をなぎ倒して、大きな損害を与えてしまいました」(タミコさん)

運転歴は50年。無事故無違反だったのに、ブレーキの踏み間違いであわや大惨事に

エイジさんは、運転歴50年で、これまで無事故無違反。日頃から運転には自信があったのに、ブレーキとアクセルを踏み間違えるような操作ミスを起こしたことに、自分でもショックを受けていました。

「お隣には迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ないことをしました。他人様を傷つけることがなかったのがせめてもの救いです。これが人通りの多い繁華街だったらと思うと、生きた心地がしません。まさか、自分が、こんな事故を起こすとは……。最近の高齢ドライバーの交通事故のニュースを見ても、自分には関係ないと思っていたのですが……」(エイジさん)

救急車で運ばれた病院に駆け付けた娘たちからは、「パパ、すぐに免許証を返納してちょうだい!」と叱られる始末。エイジさんは、すっかりしょげかえってしまいました。病院での診断の結果、エイジさんもタミコさんも軽傷で、他にケガ人をだすこともなかったのは不幸中の幸いでしたが…。

日本の3.5人に1人が、65歳以上の高齢者に

交通事故のニュースを見る機会が増えています
交通事故のニュースを見る機会が増えています

上記のケーススタディのように、このところ、高齢ドライバーによる交通事故のニュースを目にする機会が増えています。

今年4月には、東京・池袋で87歳の男性が運転する車が暴走し、母子2人が死亡。10人を負傷させる事故を起こしています。また、6月には、大阪、福岡、名古屋でも高齢ドライバーによる自動車事故が報じられました。

高齢者による交通事故は、自らがドライバーとなって引き起こすものだけではありません。2007年12月、認知症を患っていたAさん(91歳・当時)が鉄道の線路内に立ち入り、列車にはねられて死亡。鉄道会社は、Aさんの遺族に対して、振替輸送費などの損害賠償を求める裁判を起こしています(最高裁判決は、家族の支払い義務を否定)。

日本は2010年に高齢化率が21%を超えて、超高齢社会に突入。2018年の高齢化率は28.1%で、3.5人にひとりが65歳以上の高齢者となっています。高齢期に起こしやすくなる事故には、どのように対応すればいいのでしょうか?

「『保険に入ろうかな』と思ったときにまず読む本」(日本経済新聞出版)などの著書があり、保険に詳しいファイナンシャル・プランナーの竹下さくらさんにアドバイスしていただきます。

過去には5億円を超える高額判例も。交通事故の損害賠償請求額にビックリ

警察庁の調査によると、交通事故の死亡件数自体は年々減少傾向にあるものの、高齢ドライバーによる死亡事故は、若い世代に比べると格段に多くなっています。

2018年の免許保有者10万人あたりの死亡事故件数は、74歳以下が3.4件だったのに対して、75歳以上は8.2件。80歳以上だと11.1件と、大きな開きを見せています(警察庁「平成30年中における交通死亡事故の特徴について」)。

2017年(平成29年)の同調査では、75歳以上の高齢ドライバーは車の操作ミスによる事故が多いと分析しており、ブレーキとアクセルの踏み間違いは、75歳未満は0.8%しかないのに対して、75歳以上は6.2%と高い水準になっています。

「高齢になると、認知機能の衰えなどによって、若い時にくらべると、自動車の運転中に事故を起こす確率が高くなります。交通事故の損害賠償は、保険会社などを通じた当事者間の話し合いで決着することがほとんどです。でも、なかには裁判で争うケースもあり、近年、その損害賠償額は高額化する傾向にあります」(竹下さん)

交通事故での賠償金は高額化する傾向に
交通事故での賠償金は高額化する傾向に

近年の高額判例を見てみましょう。

人身事故では、2009年12月に、眼科開業医の男性(41歳)が死亡した交通事故で、横浜地裁が加害者に対して5億2853万円の損害賠償金の支払いを命じました(2011年11月1日判決)。

また、2009年1月に公務員の男性(30歳)に後遺障害が残った事故では、損害賠償額は4億5381万円となっています(札幌地裁、2016年3月30日判決)。

物損事故では、呉服や毛皮、洋服などを積んだトラックへの損害賠償額として2億6135万円(神戸地裁、1994年7月19日判決)、車がパチンコ店に激突した事故の賠償金は1億3580万円(東京地裁、1996年7月17日判決)といった高額判例が出ています(「ファクトブック2018 日本の損害保険」より)。

自賠責保険と自動車保険は何が違う?

車を保有している人には、法律で自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)への加入が義務付けられていますが、あくまでも被害者救済を目的とした対人保険なので、補償されるのは、被害にあった人のケガ、死亡のみです。

支払い限度額も決まっており、被害者ひとりにつき、死亡が3000万円、後遺障害が4000万円、傷害が120万円までで、損害額がこれを超える場合は、自分で支払わなければいけません。また、被害者のクルマやモノ、加害者自身のケガや死亡については、補償の対象外です。

自賠責保険は、人に対する最小限の補償を賄うものなので、高額判例のような損賠賠償を請求された場合は、これだけではとうてい支払うことはできません。そのため、多くの人が加入しているのが、任意の自動車保険(任意保険)です。

「任意保険は、被害者のケガや死亡だけではなく、被害者のクルマやモノへの損害賠償、自分のケガや死亡、クルマの損害までカバーするものです。損害賠償請求額がいくらになるかは、事故の大きさ、事故の相手によって異なります。ですから、任意保険の補償額は、対人賠償、対物賠償、無制限で加入するのが鉄則です」(竹下さん)

線路内立ち入り、他人のモノを破損。日常生活の損害賠償に備える「もうひとつの保険」とは?

自賠責保険と任意保険に加入していれば、事故を起こした当事者が運転者であった場合、年齢に関係なく自動車保険で、その損害をカバーすることができます。エイジさんも、今回の自動車事故による隣家の塀の修復費用は、任意保険から支払ってもらえたので、家計からの持ち出しをしなくても事なきを得ました。

でも、事故のすべてを自動車保険でカバーできるわけではありません。

冒頭で紹介したAさんのように、認知症などを患って線路内に立ち入り、電車を遅延させたケースでは、自動車の運転中に起こした事故ではないので、他人に損害を与えたとしても、自動車保険では賠償金の支払いをカバーすることはできません。

厚生労働省では、2025年に「65歳以上の認知症患者数が約700万人に及ぶ」と推定しています。これは、65歳以上の5人にひとりが認知症になる計算で、もはや他人事ではありません(2015年1月、厚生労働省「認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~(新オレンジプラン)」より)。

「もちろん認知症になった人のすべてが、事故を起こすわけではありません。でも、万一、事故が起きたら、家族の人生を大きく左右するほど、損害額が大きくなる可能性もあります。こうした損害のカバーをできるのが、個人賠償責任保険です。認知症患者による線路内立ち入りのほか、子どもの自転車事故、他人のモノを破損させたなど、日常生活で起こるさまざまな損害賠償に対応できるので、ぜひ加入を検討したい保険です」(竹下さん)

個人賠償責任保険は、とても重要な保障なのですが、病気やケガの保障をする医療保険のように、身近な存在ではありません。では、どうしたら加入できるのでしょうか?

次回の後編では、この個人賠償責任保険の加入方法、補償内容、最近の商品動向などについて、竹下さんに解説していただきます。

竹下さくらさん
ファイナンシャル・プランナー(CFP)/なごみFP事務所
(たけした さくら)宅地建物取引士資格者、千葉商科大学大学院(会計ファイナンス研究科、MBA課程)客員教授。東京都中高年勤労者福祉推進員。慶應義塾大学商学部にて保険学を専攻。損害保険会社勤務を経て、1998年よりファイナンシャル・プランナーとして独立。個人向けの住宅ローンや生命保険などのコンサルティング業務を主軸に、セミナーでの講演、新聞や雑誌等への執筆活動など幅広く活躍。「『家を買おうかな』と思ったときにまず読む本」「『保険に入ろうかな』と思ったときにまず読む本」(いずれも日本経済新聞出版)など、著書多数。最新刊「書けばわかる!わが家にピッタリな住宅の選び方・買い方」(翔泳社)が、2019年6月に発売されたばかり。
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この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。