巴里の英国人が生み出す、新しきテーラリング
パリでパターンの天才と呼び声高いデザイナーが、ヴィンセント・スミス氏だ。在仏30年になるイギリス人の彼は「クラフツマンシップにかけてはフランスが一番だから、ここを選んだんだよ」という。
'09年につくった彼のアトリエは、サクレ・クール寺院に近いパリ18区にあるかつてのガレージ。壁は煉瓦づくり、奥にステップつきの明かり取りがあるという一風変わった構造だ。アトリエのなかには、大きな作業台、ミシン、アイロン。6人の職人たちが真剣な面持ちで作業している。ここでは、有名メゾン数社から依頼されたパトロン(型紙)と自社ブランドミスター・スミスコレクションが製作されている。
スミス氏は、ロンドン・ファッション・カレッジを卒業後、軍服の製作を手がけた。そこで彼が習得したのは、動きやすさが重視されるミリタリーファッションの機能性と着心地のよさだった。
「どんな動作をしても、服が邪魔をしてはいけないわけですから」
だが、ミリタリーファッションには繊細さというものは存在しない。そこに物足りなさを感じた彼は、独立して自らのブランドを興したのだという。彼のコレクションは、「トラディショナルなフォルムがベースだが、新しく解釈したもの」。特に彼の真髄を表現しているのが、このアトリエで最初から最後まで手作業で製作される、10モデルのみのカプセルコレクション。彼の服には、ミリタリーファッションで体得した機能性の影響が色濃く残り、これがコレクションの特徴のひとつとなっている。そでを通してみると、体にぴたりとくるフィット感、そして動きやすさをたちどころに感じる。立体裁断ではなく、平面の紙から型紙を取っているのだが、どのような曲線がどのような面をつくり出すのか、パターンを引く時点ですでに見えているというのだから、天才の天才たるゆえんである。
ディテールもまた、個性的だ。たとえばジャケットのインナーポケットに他ブランドではみられない細工を施したり、ウールコートのポケットを立体に型押しするなど、実に革新的なのだ。完成度の高いフォルムとインサイドの凝ったディテールとは、これを通好みの服といわずしてなんといおう。
「若いチームで製作しています。私と彼らがアイディアを交換するなかで面白いものが生まれる。スタッフにはパリのオートクチュールで長いこと働いていた職人もいます。彼らのクチュールテイスト、マスキュランなミリタリー、そこに若いアイディアが加わって、ハイブリッドなコレクションになる」
こんな小さなアトリエから、パリの新時代を築くメンズファッションが誕生している。これが興奮せずにいられるだろうか?
- TEXT :
- 安田薫子 ライター&エディター
- BY :
- MEN'S Precious2016年夏号「この力強さを見よ!新しきパリのダンディズム」より
公式サイト:Tokyo Now
- クレジット :
- 撮影/小野祐次、宮本敏明 構成・文/安田薫子 構成/山下英介(本誌)