ベルナール=アンリ・レヴィ(哲学者)

Profile:1948年、フランス領アルジェリアのベニ・サーフで、ユダヤ系のブルジョワ家庭に生まれる。’54年にフランスへ。エコール・ノルマル・シューペリユール(高等師範学校)で学び、大学教授資格を取得。’70年代には当時の大統領フランソワ・ミッテランのアドバイザーを務める。哲学者、作家、シネアスト、雑誌創設者。
Profile:1948年、フランス領アルジェリアのベニ・サーフで、ユダヤ系のブルジョワ家庭に生まれる。’54年にフランスへ。エコール・ノルマル・シューペリユール(高等師範学校)で学び、大学教授資格を取得。’70年代には当時の大統領フランソワ・ミッテランのアドバイザーを務める。哲学者、作家、シネアスト、雑誌創設者。

 パリの知的伊達男として真っ先に名前があがるのが、ベルナール=アンリ・レヴィ氏、その人だ。頭文字を取って、フランスでは「BHL」と呼ばれている。

 名門エコール・ノルマル・シューペリユール(高等師範学校)に学び、ジャック・デリダらに師事した。1970年代から「ヌーヴォー・フィロゾフ」(新哲学派)としてアンドレ・グリュックスマンとともに論壇に登場し、シオニズムからジャン=ポール・サルトルの哲学、国際情勢、男女の愛まで広く執筆し、’84年には小説『悪魔に導かれて』で権威あるメディシス賞を受賞。日本でも20作ほどの著作が翻訳されている。哲学者であるだけではなく、作家、映画人、実業家と多方面で才能を発揮しており、’90年代には、政治、文化、社会情勢をテーマにした雑誌も創設した。彼にとってマルチファセットな活動は当然のことだ。

「フランスには伝統がある。できる限りあらゆる方法で自分を表現したいという志向、雑誌を巡って友人たちを集めたいという志向。ジャン=ポール・サルトルが創設した雑誌『レ・タン・モデルヌ』、アルベール・カミュの『コンバ』、シュールレアリストたちの無数の出版物がそうであったようにね」

 極めて裕福なブルジョワ家庭に生まれ、自身、複数の会社の株主であるため、彼は大富豪の哲学者と称される。そこには人々の羨望と若干の皮肉も込められているのだろう。若き日には俳優だったこともあるというユニークな経歴の持ち主だ。俳優としての第一歩は、シュールレアリストの詩人、ルイ・アラゴンが自身の小説『オーレリアン』を’77年にテレビ番組にした際、演じた詩人ポール・ドゥニ役だったという。ほかにも、イヴ・サンローランのパフューム『ジャズ』のコマーシャルに出演したことも。妻は、女優で歌手のアリエル・ドンバール。論壇に立ち、講演を行うだけではなく、メディアに登場することが多い、華やかなスター知識人なのだ。

ダンディズムというのは、魂に関わるアフェア。
服そのものではなくスタイルだ

 彼は、いつも白いシャツに黒いスーツという出で立ちで知られる。

「服に対してとりたててフェティッシュな感情は持っていません。極めてシンプルな趣味、それが私のスタイルです。白いシャツと黒いスーツよりもシンプルな装いというものがあるでしょうか? これ以上、コメントする必要がないと思うくらい明白なことですよ」

 そのスタイルは不変で、彼のトレードマークとなっている。スーツはいつもトラディショナルなツーピースで、パンツはハイウエスト。白いシャツは第4ボタンあたりまで襟を広く開け、ネクタイは絶対にしない。

「ネクタイだって? 私にとってはありえない。ネクタイをつけると首を絞められているような気分になります。牢獄に閉じ込められている気分になるのです。最近、法皇に謁見した際にすら、私はネクタイをつけなかった。フランスの大統領に会ったときですらも、です。もし、私が日本の天皇に出会う機会を得ることができたとしても、ネクタイは絶対につけないと思いますよ」

 スーツもシャツも、パリの老舗テーラー兼シャツメーカーシャルべのオーダーメイドだ。特にシャツは、自らデザインした、襟を内側に折ったような特殊なオリジナル・モデル。当然ネクタイはつけられない。

自分の流儀を貫いて、世界で活動し発言するダンディな生き方

シャルべのビスポークシャツは、レヴィ氏の特注で襟が内側に折れたデザイン。ネクタイを完全に拒否した独創的なフォルムだ。
シャルべのビスポークシャツは、レヴィ氏の特注で襟が内側に折れたデザイン。ネクタイを完全に拒否した独創的なフォルムだ。

 極上のオーセンティックなスーツをかっちり着るのではなく、シャツをわざとはだけさせることで着くずし、黒いスエードのカジュアルな靴をラフに合わせる粋。さらにネクタイも時計もチーフも、むだな装飾はいっさい身につけない潔さ。社会のコードを重視することよりも、何物にもとらわれずに、あくまで自由人であることを標榜している。反骨精神すら感じさせるその姿勢や生き方は、装いに表れているといえるだろう。全身シャルべのアイテムでありながら、ブランドを着ているのではなく、自分のスタイルにつくりかえているところにも、創造性や知性を感じさせる。ダンディであることは、つまり表面的なものではなく、もっと深いものだ。

シャルべのビスポークスーツのパンツはハイウエスト。スタイルのいい男性にしか似合わないモデルだ。若いときの体形を維持するストイックな一面を感じさせる。
シャルべのビスポークスーツのパンツはハイウエスト。スタイルのいい男性にしか似合わないモデルだ。若いときの体形を維持するストイックな一面を感じさせる。

「ダンディズムというのは、魂に関わるアフェアだ。服そのものではないんだ。それはおそらくスタイルというべきものだね。しかし、それも内面のセンスによる」

 上質とシンプリシティを愛するスタイル、むだを削ぎ落としたその美意識は、ザ・BHLスタイルともいえるもの。彼の装いは、見事にその内面を写しだしているのだ。彼は、現代のパリのダンディズムとは、「いかなる場合であっても、ほとんど同じような着方で装っていること」だという。なるほど、彼自身が、ある種ユニフォームともいえるこのスタイルで、大都会にも中東の紛争地にも自然災害の地にも降り立っている。

 常に興味を持ち続けているのは、「動くこと。滞ることなく、いつも仕事をすること。だが、いつも違う場所で」という彼。このダンディな哲学者は、自分の書斎でじっと考え込んでいるのではなく、黒いスーツと白いシャツをスーツケースに詰め込んでは世界中をアクティブに動き回り、社会や政治にコミットしている。

オーセンティックで上質なシャルべであつらえた白いシャツと黒いスーツをノーネクタイ、開襟で着くずし、自分のスタイルにしているレヴィ氏。この姿で世界中で講演を行い、テレビに出演し、中東の紛争地に赴き、法皇にも謁見する。窮屈な社会のコードにとらわれない余裕や大胆さ、つまり彼の内面を感じさせる。
オーセンティックで上質なシャルべであつらえた白いシャツと黒いスーツをノーネクタイ、開襟で着くずし、自分のスタイルにしているレヴィ氏。この姿で世界中で講演を行い、テレビに出演し、中東の紛争地に赴き、法皇にも謁見する。窮屈な社会のコードにとらわれない余裕や大胆さ、つまり彼の内面を感じさせる。

 この日、レヴィ氏にお会いしたのも、彼の近著、『ジュダイズムのエスプリ』をランダムハウス社から出版するに当たってニューヨーク出張に旅立つ直前だった。

「ニューヨークはパリに次ぐ第二の都市、第二の家。ニューヨークにいるのは好きだ。自由を感じる」

 自由な意志、そして研ぎすました美的センスを反映したBHL流のダンディズムをまとって、レヴィ氏は
今日もパリから世界へと飛び回っているのだ。

この記事の執筆者
TEXT :
安田薫子 ライター&エディター
BY :
MEN'S Precious2016年夏号「この力強さを見よ!新しきパリのダンディズム」より
某女性誌編集者を経て2003年に渡仏。東京とパリを行き来しながら、食、旅、デザイン、モード、ビューティなどの広い分野を手掛ける。趣味は料理と健康とワイン。2013年南仏プロヴァンスのシャンブル・ドットのインテリアと暮らし方を取り上げた『憧れのプロヴァンス流インテリアスタイル』(講談社刊)の著者として、2016年から年1回、英語版東京シティガイドブック『Tokyo Now』(igrecca inc.刊)を主幹として上梓。
公式サイト:Tokyo Now
クレジット :
撮影/小野祐次、宮本敏明 構成・文/安田薫子 構成/山下英介(本誌)