和食において炭火を用いて食材を焼くことは一般的だ。一方、西洋料理に眼を転じてみれば、日本におけるフレンチやイタリアンにおいて、炭火焼きを標榜して料理を提供している店は少なかったと言えるだろう。
否、今もそれを謳うたい文句にしている店は少数と言える。しかし、フランスやイタリアでは、炭火だけではなく、薪火を熱源とした調理法が伝統的に存在し、それらをベースとした名物料理が各地に存在しているのである。
料理の味を決める薪火と炭火
和食の世界では、炭火こそが素材を焼く熱源として最高の存在とされているが、実はフレンチやイタリアンでは、食材によって薪火と炭火の特性を伝統的に使い分けてきた歴史があるようだ。
「まず根本的な話として、提供する食材をどのような状態で仕上げたいかということが肝要かと思います」
そう語るのは、東京・赤坂で薪火を使ってトスカーナの伝統料理であるビステッカ・アラ・フィオレンティーナを供する「ヴァッカロッサ」のシェフ・渡邊雅之(わたなべまさゆき)さんだ。
ビステッカ・アラ・フィオレンティーナとは、トスカーナ地方の在来種で希少なキアナ牛と呼ばれる赤身肉の骨付きステーキのことである。
渡邊シェフは、このビステッカを自らが思い描く状態に焼くため、試行錯誤を繰り返しながら、東京の地で本場の薪火焼きによるビステッカを実現させた人物である。
「単純に、炭火がいいとか薪火が一番だとかいうことではありません。それぞれに持ち味があり、特性の違いがあるのです。トスカーナのビステッカはもともと、キアナ渓谷一帯で生息していた赤身のキアナ牛を、薪がくべられたトスカーナ暖炉と呼ばれる調理用暖炉で焼いていたものです。今では本場トスカーナでも、薪を使わずに、炭火や、それこそガスで調理する店も存在しますが、この赤身の肉が持っている本来の味わいを提供するには、薪のおき火びがどうしても必要だとわかった。ですから当店では、赤身の牛をビステッカにするために薪火焼きを導入しています」
渡邊さんはこれまで、ビステッカを焼く熱源として炭火を使っていたこともあったという。しかし、自らが目ざす焼き上がり、肉を嚙んだときにはじめて口中に肉汁があふれ出すような状態にどうしても辿り着くことができず、様々な実験を繰り返すことでトスカーナ暖炉を特注し、ナラやクヌギの薪を焚いて熾火をつくって肉を焼くという現在のスタイルに行き着いたと語る。
「トスカーナ暖炉とは、初めから調理用として設えられたものです。素材を強火で焼くために、上部には熱がこもらないように設計されており、下部は熱く上部はほんのり温かい状態をつくり出してくれる。さらには、薪を焚く場所を下げることによって、輻射熱を使わない構造となっているのが特徴です。この暖炉の中で薪に火をつけて1時間半くらい焚き、炭状の熾火をつくってその火で肉を焼くのです。薪火焼きとはつまり、薪を焚いて一から炭をつくり、その熾火で素材を焼く調理法のことを言います」
渡邊シェフ曰く、薪を焚いてつくり出す炭状態の熾火と、備長炭などの熾火では、その性質がまったく違うという。
「炭ももちろん、もとは薪です。薪に火をつけて圧縮しながら炭素化したものが一般的に炭と呼ばれています。よく知られる備長炭などは、ウバメガシなど、密度の高い硬質な木材を使い、1000℃以上の高温で焼いて炭化させ、直後に灰をかけて一気に冷やし、さらに極限まで圧縮させる。こうすることで、不純物が少なく炭化密度の高い炭ができ上がります。こうした炭は、燃焼時間が長く持続し、着火温度が高いという特性を持っています。」
「この圧縮された硬い炭で熾火をつくると、炭自体の密度が高く、凝縮した熱量を持っているので、炭から発せられるひとつの熱量がビーム光線のように鋭い点となって素材に当たります。すると、表面が一気に焦げてすぐに乾いてしまうので、赤身肉のような繊維の集合体である素材は硬くなりやすい。逆に、薪を焚いてつくる炭の熾火は、ゆっくりと薪に火を入れて、炭化の密度を上げないようにできるので、素材に対して熱量がふんわりと面で当たるような感じになるのです。」
「ビーム光線のように点で当たる炭の熾火と、やわらかく発光しながら面で素材に当たる熾火、とでも言えばご理解いただけるでしょうか。そんな薪の熾火で赤身肉を焼くと、表面がさくっと軽く焼けて硬くならずに、中の水分も抜けないのです。そうすると、焼き上がったばかりで肉を切っても肉汁が外に出ない。私が薪火焼きを取り入れているのは、ひとえにビステッカを食べた瞬間に肉汁がたっぷりと口中に広がるような、肉汁が躍るような感覚を味わっていただきたいからで、それには薪火焼きこそがベストな選択だったというわけです」
渡邊シェフによれば、脂身の多い強い刺しの入った牛肉や、皮の付いた鶏肉、魚などを焼く場合には、炭の熾火が向いているという。ともに直火の熱源でありながら、薪と炭の火にはそれぞれに特性がある。それを使い分けることで、素材はより旨みを増し、極上の一皿へと仕上がるということなのである。
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- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2017年秋号より
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