この連載を始める際に私は「福岡は九州の豊かな食材が集まって、それをおいしく調理する料理人たちが腕を競う活気あふれる街」と書きました。今はそれを「食材のこだわりを貫く生産者や、食材本来のおいしさを伝えようと努力する料理人の皆さんが、あちらこちらに潜んでいる街」と、少し追加させてもらいたい気分です。その肉は、食後に「あぁ、九州っていいな。福岡に住んで良かったな」と感じさせるおいしさでした。第4回は、牛肉への愛情と生産者との強い絆を当たり前に実践している店をご紹介したいと思います。

「La Boucherie」とはフランス語でいう精肉店。大分県・湯布院の町の「さめじま精肉店」と言えば有名旅館へ肉を卸すばかりでなく、レストランには県外からもわざわざ足を運ぶ人も多かったと聞きます(現在は閉店)。そんな「さめじま精肉店」が2013年の夏、福岡の街に待望の出店。町の中心部から少しだけ離れた平尾の路地沿いに、精肉店と黒を基調にしたスタイリッシュなレストランを構えました。以来、そのレストランは牛肉本来のおいしさを味わえる特別な店として、福岡のグルマンに欠かせない1軒となっています。

La Boucherie S(ラ・ブーシュリー エス)の入り口

希少な雌牛を求めて

「さめじま精肉店」が扱うのは、黒毛和牛の中でも仔牛を産ませず肉牛として肥育された雌牛のみ。未経産牛は、雄牛に比べて筋繊維が細く甘みがあって脂が溶ける温度も低いそう。店主の鮫島太一さんは「見た目ではわからない差が風味や食感に明確に現れます」と熱く語ります。「そんな未経産牛を育てることができる、信頼できる農家さんと出会えました。天草の野嶋牧場から一頭丸ごと買いつけています」と。実際に牧場に足を運んで、生産者の想いや雌牛が育つ環境も確かめたうえで仕入れる姿勢は、究極とも言える精肉店のプライドに直結。そのおいしさを損なわない肉を販売するのが精肉店であり、食べてこそわかる肉質をきっちり味わってもらうレストランが「ラ・ブーシュリー エス」です。

「さめじま精肉店」「La Boucherie」店主の鮫島太一さん

一般に牛肉の指標であるA4やA5という等級は見た目の霜降り加減で決まりますが、それは牛肉本来のおいしさを表さないと鮫島さん。「未経産牛ならではの融点が低い脂を持つ肉は、包丁を入れるだけでトロけていきます。切り分けるのも余計な熱を与えないようにすべて手作業です」。そうして脂質を劣化させることなく各部位を丁寧に切り分けて、希少な未経産牛のおいしさを味わう下準備が整うことになります。

食べごろはゆるりとやってくる

未経産牛本来のおいしさを味わうためにレストランでは、肉をブロックのまま鉄板で焼き上げるステーキとして提供。カウンター越しに光る鉄板は美しく磨かれて、客のオーダーを静かに待っています。

今日はアラカルトではなくコース料理でオーダー。先付、前菜2種、サラダ、焼き野菜、ご飯・漬物、デザート・コーヒーと進む基本コースに、メインとなる焼き物のメニューを選びます。ハネシタ、ミスジ、クラシタ、ヒウチ、イチボ、三角バラなど各部位ごとに約15種ある中から私がサーロインをオーダーすると、鮫島さんは馴染ませるように五指を使って肉を静かに鉄板に当てていきます。ヘラは一切使わずに、ブロックの面ごとに焼き色を重ねていく様は、肉と何かを語り合うかのよう。

「指の腹から肉の加減がわかるんですよ。脂の融点が低いのですっきりとした旨味です。その美味しさをお出しするために、いきなりジュー!とか絶対にしないですね」。

鉄板の中央が最も熱いとすれば、その周囲をなぞるように時間をかけて肉塊に火を通し、美味しさを逃さないために五指に神経を行き届けながら焼きの状態をうかがう店主。私も逸る心を落ち着かせるように酒を嗜みつつ、先付のローストビーフや牛肉のフリット、焼き野菜をいただきます。そうして食べごろに焼き上げられたサーロインが鉄板上で切り分けられて、いよいよ目の前へ。

香ばしくカリっとした表層の先に現れる豊かなボリューム感。口にあふれるのは清々しい、すっきりと味わえる脂の旨さです。噛むほどに鮮烈であふれる旨さなのに引き際が爽やかなキレもある。さらに驚くのは慌てて食べずとも大丈夫なこと。冷めてなおやわらかく繊細で十分に甘い、まさに究極の牛肉。熱々よりむしろ温いくらいにおいしさが引き立つという事実に驚愕するのです。

おいしさを提供する当たり前の姿勢

牛肉本来のおいしさとはこういうことなんです、と鮫島さん。「牛の育つ環境を丁寧に整えて、その肉質に育てる生産者も当たり前。工場の加工をせずに肉のおいしさをきちんと提供する私たちも当たり前。本当にそれだけなんですよ」。

私の隣に座られたご夫妻は、湯布院からわざわざ足を運んだとのこと。サーロインはもちろん、ヒレの美味しさに驚かれて「ぜひまた来ます」と笑顔で帰られていました。今日のような光景は日々積み重ねられているに違いなく、この店が貫く“当たり前”のこだわりの中に、福岡で楽しむグルメの大きな魅力が詰まっているように感じます。食事を楽しむ私たちも、料理の向こうにある人々の努力や作物を育てる多大な手間があることを意識するだけで、その食事が豊かな時間になるはずです。

今回、食後にこの余韻を伝えたくなってバーへ行ってしまった私ですが、ウイスキーのグラスを楽しく傾け、やっぱりこの牛肉は体にも優しいのだと改めて実感した次第。まだまだ伝えたいことが沢山ある美味しい福岡旅、次回もどうぞお楽しみに。

基本コースの先付の1品「ローストビーフ」。メインの焼き物を期待させる色鮮やかなローストビーフ。赤味噌ソースを絡めていただきます。
焼き野菜にはジューシーさを感じるまでのパプリカや博多ナスなど、旬の肉厚な野菜をガラスの器で美しく粧って。
鉄板の上でスッと切り分けられたサーロイン。表面はしっかりと焼き色が入り、肉の美しさも際立つよう。その美味しさをシンプルに味わうべく、振られた塩のみで一口。
二口目は柚子胡椒をまぶして軽く醤油に絡めて。口に広がるハーモニーが、どれだけ気持ちを和ませてくれたか。ホントに幸せです。

 

希少な牛肉は、温いくらいでも本当に上質感が変わらない。そんなステーキを味わうのにスペイン産の赤ワインを。この相性がまさにマリアージュな美味しさ。
ご飯は、500円をプラスしてガーリックライスに。テールスープとともに充実した満足感を与えてくれます。
デザートは手作りのピスタチオのアイス。甘すぎずにナッツの食感も楽しめる大人向けのデザート。コーヒーでまったりと余韻を楽しむことに。

■La Boucherie S(ラ・ブーシュリー エス)
営業時間/18:00~23:000
定休日/火曜 席数/40席
メニュー/基本コース¥4,000、ハネシタ¥4,000、ミスジ¥4,000、サーロイン¥4,000 etc(税・サ別)
TEL:092-791-1740
住所/福岡市中央区平尾3-4-19

http://www.same-jima.jp/la-boucherie-s

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この記事の執筆者
TEXT :
鳥越 毅さん 編集家
2017.12.16 更新
熊本で情報誌の編集・制作に携わり、1990年に福岡へ。発展する街で人気タウン誌の編集・営業ディレクターなどを経て、2010年よりグルメマガジン「ソワニエ」制作チームとして福岡の「食」の魅力を発信中。2014年、『ふくおか手みやげ自慢』を発行。好きなもの:九州旅、路地散策、古民家、隠れ家、コーヒー、ウイスキー、日本酒、陶磁器、短距離走