毎年この時期になると、お付き合いのある取引先や知り合いからカレンダーが送られてくる。経費削減などで昔よりは減ったが、まだまだこうした文化は残っている。とはいえ、「大判のカレンダーは貼る場所が限られるので、できれば卓上サイズがいいな…」などとお思いの貴方。大きくても大歓迎なアート作品として楽しめるのが、ピレリのカレンダーだ。非売品につき簡単には手に入らないが、そう言われると見たくなるもの。2020年版の内容を、ライフスタイルジャーナリストの小川フミオ氏が解説する。

世界で最も有名なカレンダーにジュリエットが登場

テアトロ・フィラルモニコの舞台に飾られた2020年のピレリカレンダー。
テアトロ・フィラルモニコの舞台に飾られた2020年のピレリカレンダー。
ジュリエットを演じるエマ・ワトスン。
ジュリエットを演じるエマ・ワトスン。

英国が生んだ史上最高のヒロインの一人がジュリエットだ。そう、ウィリアム・シェイクスピアがまとめた「ロミオとジュリエット」の主人公。著名ファッションフォトグラファーのパオロ・ロベルシ氏も、子どもの頃からジュリエットに魅せられてきたと言う。

メゾンやファッション誌の仕事で有名なロベルシ氏が、さきごろ、伊ピレリ社が毎年発行するアートカレンダーの2020年版のために「Looking For Juliet」と題した作品を撮り下ろした。

「ロミオとジュリエットは私が子どもの時から親しんできた最高のラブストーリー。今回のLooking For Julietは、理想の探求であり、夢の追究です。言い換えれば理想の女性を追い求める作業でした」

シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の舞台となった伊ベローナが、発表会の舞台だった。欧州有数のオペラハウスとして名だかいテアトロ・フィラルモニコに設定されたインタビューの会場に姿を現したロベルシ氏は、ジュリエットこそ理想の女性、と語るのだった。

「14歳で、とてもシャイで、とても繊細で、世間については無知だったジュリエット。ところが、ロミオと出会ったことで、強い女に変身するわけです。それが愛のためなんですね。愛のためだったら、あらゆるものを恐れずに戦うべきだと、ここでは述べられているのです。信じるもののために戦うべきだと。美しいメッセージです」

シェイクスピアがまとめた物語を58カットで構成

ジュリエットを演じるミア・ゴス。
ジュリエットを演じるミア・ゴス。

ロベルシ氏は自分のヒロインを実現するために、9人を選んだ。

英俳優のエマ・ワトスン(映画「ハリーポッター」シリーズ)をはじめ、同クレア・フォイ、同ミア・ゴス、米俳優のインドゥヤ・ムーア、同ヤラ・シャヒディ、同クリステン・スチュワート、中国シンガーのクリス・リー、スペイン・シンガーのロザリア、アーティストのステラ・ロベルシだ。

左から、クレア・フォイ、トロンケッティ・プロベラ氏、ミア・ゴス、ロベルシ氏、ヤラ・シャヒディ、ステラ・ロベルシ、ベローナ市のフェデリコ・スボアリナ市長。
左から、クレア・フォイ、トロンケッティ・プロベラ氏、ミア・ゴス、ロベルシ氏、ヤラ・シャヒディ、ステラ・ロベルシ、ベローナ市のフェデリコ・スボアリナ市長。

このひとたちにジュリエットを演じてもらい、58カットで、ロミオとの出合い、結婚、そして死へといたる物語を構成。132ページのアートブックに仕立てている。

シェイクスピアが原作を世に出したのは1594年頃といわれている。宿敵の家に生まれた男女が恋をし、悲劇的な結末を迎えるというストーリーはご存知のとおり。じつは、下敷きにしたとされる物語がいくつもあり、59年のピエール・ブアトーや、62年のアーサー・ブルックの物語詩の存在が指摘されているようだ。

ただそれでも、劇的な言い回しを使いながら感動的な物語に仕立てた手腕はシェイクスピアのお手柄で、このあと、「ア・ミッドサマーナイツ・ドリーム」「リチャード二世」「ベニスの商人」と立て続けに発表して、揺るぎない名声を確立する。

非売品とはあまりにももったいない

カレンダーとともに作られたフィルムも上映された。
カレンダーとともに作られたフィルムも上映された。

シェイクスピアの作品中のもっとも愉快な人物は「ヘンリー四世」シリーズのフォルスタッフ、もっとも悪人は「リチャード三世の悲劇」のリチャード三世……など、いろいろ挙げていくことが出来るなか、印象深い女性はというと、レディ・マクベスと、キャピュレット家のジュリエットだろうか。

「モデルになったひとたちは、ロミオとジュリエットの物語をすでに知っていましたが、撮影のとき、ジュリエットの台詞を読んでもらいました。それは、自分の人生や体験を語ることでもあり、それが感情を高めて、みごとな表現につながっていったようです」

1964年に初めて登場したピレリカレンダー。当初はピレリタイヤを扱う工場向けに女性の(美しい)ヌードを扱っていたが、昨今は、時代の変化に合わせて、アート志向を強めている。

ベローナ市内にはCasa de Giulitta(ジュリエットの家)と名づけられた観光名所があり、ロミオと話したバルコニーも設置されている。
ベローナ市内にはCasa de Giulitta(ジュリエットの家)と名づけられた観光名所があり、ロミオと話したバルコニーも設置されている。

商業写真界の巨匠が独自のテーマ性に基づいた作品を撮ることで毎年話題を呼んできた。近年では、ピーター・リンドバーグ、アニー・リーボビッツ、ティム・ウォーカー、アルバート・ワトスンらが、社会的な意味も込めながら質の高い作品を作りあげている。

そのなかで、2019年9月に物故したリンドバーグには、今回のカレンダーの発表会の冒頭で、ピレリ社のマルコ・トロンケッティ・プロベラCEOを先頭に、参加者が黙祷を捧げたのが印象的だった。

ちなみにこのカレンダーは非売品。有料でいいから書店やネットでの販売を希望しているのは、筆者だけではないだろう。

この記事の執筆者
自動車誌やグルメ誌の編集長経験をもつフリーランス。守備範囲はほかにもホテル、旅、プロダクト全般、インタビューなど。ライフスタイル誌やウェブメディアなどで活躍中。
TAGS: