――2019年10月24日、A.ランゲ&ゾーネがブランドを復興し、最初の4本の時計を発表してから25年目となるこの日に、新作『オデュッセウス』誕生のニュースが世界で一斉に情報解禁された。

レギュラーモデルとして、ブランド初となるステンレススティール製の時計を製作した意図は? どんなブランド戦略が潜んでいるのか?

ウォッチジャーナリストの岡村佳代が、来日したA.ランゲ&ゾーネ CEO ヴィルヘルム・シュミット氏から直接話を伺う機会を得た。

A.ランゲ&ゾーネ CEO ヴィルヘルム・シュミット
ヴィルヘルム・シュミット A.ランゲ&ゾーネ CEO
ヴィルヘルム・シュミット
A.ランゲ&ゾーネ CEO
1963年、ドイツ・ケルン生まれ。アーヘン大学で経営学を学んだあと、オイルメーカーのBPカストロールを経てBMWに8年在籍。2007~2010年までBMWの南アフリカにおけるセールス&マーケティング責任者として手腕を発揮し、本社ボードメンバーにも名を連ねた。2011年1月にA.ランゲ&ゾーネCEOに就任。現在に至る。

あの「ランゲ」が、とうとう初のステンレススティール製時計を出した!

岡村 ブランド復興25周年のメモリアルイヤーである2019年。1月のSIHHでは毎月1本、10本の新しい『ランゲ1』をリリースされると発表され、「そんなこと本当にできるの!?」と僭越ながら少し心配しましたが、無事に完走されましたね。

シュミット 実は私も心配でした(笑)。みなさんとても驚かれましたが、このプロジェクトは色々な偶然が重なった奇跡の産物なんです。2019年まではSIHHは1月に開催されていたので、そこがまず『ランゲ1』25周年のスタートとなります。

10か月連続で新作をリリースするという試みが話題に!

そして10月24日というA.ランゲ&ゾーネ再興の記念日、そこをひとつの到達点に位置付けたいと考えました。とすると、それまでに10か月ある。そして、企画していた『ランゲ1』の新作が偶然にも10本だったので、では1か月に1度リリースしていこうと。

そんな風に、まあ安易に浮かんだ構想だったのですが、実際にやってみたら本当に大変でした。正直、疲弊しました(笑)。

岡村 その最初の1本『ランゲ1“25thアニバーサリー”』はSIHHで撮影し、MEN’S Preciousでは夏号の時計特集で掲載。読者の方々から大きな反響を頂いたのですが、雑誌が出る頃にはとっくに完売されていました(笑)。

シュミット MEN’S Preciousを愛読されているような日本の時計愛好家の方は、機械式時計に対して正しく学ばれ、非常に深い知識を持っていらっしゃる。そして完璧なものへ敬意を払っている、そんな印象を持っています。他にはない価値があるものに魅力を感じられるのではないと思っています。

この時計は、MEN’S Precious ウォッチアワード2019では「アイコンウォッチ」部門を受賞させて頂きありがとうございました。とても光栄に思っております。

『ランゲ1“25アニバーサリー”』

A.ランゲ&ゾーネ『ランゲ1“25アニバーサリー”』
アウトサイズデイトと時分表示、スモールセコンド、パワーリザーブをアシンメトリーに配置したダイヤルデザインは、今やA.ランゲ&ゾーネの顔。クールなホワイトゴールドのケースと、ストラップやインデックス、針のブルーがノーブルな対比を見せるアニバーサリーモデルの第一弾は、『MEN’S Precious WATCH AWARD2019「アイコンウォッチ」部門に輝いた。『ランゲ1“25アニバーサリー”』¥4,890,000 ●ケース:ホワイトゴールド ●ケース径:38.5mm ●ストラップ:アリゲーター ●手巻き ※世界限定250本、予約受付終了
A.ランゲ&ゾーネ『ランゲ1“25アニバーサリー”』2
『ランゲ1“25アニバーサリー”』
A.ランゲ&ゾーネ『ランゲ1“25アニバーサリー”』ケースバック
『ランゲ1“25アニバーサリー”』

岡村 そして10月24日の『オデュッセウス』の発表! 「初のステンレススティール製時計が出た!」と、時計界にセンセーションが走りました。

シュミット みなさん、まずはステンレススティールという素材に驚かれたようですが、「ステンレススティールの時計をつくる」ことが目的ではありませんでした。

岡村 新作を開発していく中で、この時計にはステンレススティールを用いるのがベストと判断されたと?

シュミット そう、コンセプトありきの選択でした。ドイツ人は非常に理論的で、目的にかなった行動をすると一般的に言われていますけれど、今回のこの『オデュッセウス』は、バカンスや子どもと遊ぶとき、あるいはガーデニングなどの趣味の時間――そういったシチュエーションで気楽につけられる時計をつくりたい、そういう気持ちからプロジェクトがスタートしたんです。

その目的に対しての理論的な選択肢として、ステンレススティールという素材があがり、結果それを採用したということです。

岡村 ステンレススティールはゴールドやプラチナに比べるとカジュアルであるため、短絡的に市場の裾野を広げられることが目的かと思っていましたが、それはまったくの見当違いでしたね(笑)。また、レザーストラップではなく、ステンレススティールブレスレットというのも衝撃的でした。

シュミット 私どものこれまでの時計にはありませんでしたからね(笑)。毎日忙しい日々を送っている方々にとってはなおさら、週末だったりバカンスだったり、解放されるオフの時間というのがとても貴重なものになってくると思います。そういった大切な時間に寄り添うことができる時計、それにはレザーストラップより、タフで安全な金属素材のブレスレットが相応しいと考えました。

CEOも愛用する新作『オデュッセウス』の魅力とは?

岡村 シュミットCEOも本日『オデュッセウス』を着けていらっしゃるんですね。

シュミット これまではレザーストラップを装着したものばかりだったので、つけた瞬間は慣れていないため、「しっくりこない?」と感じたのですが(笑)、もちろんすぐに慣れて、今ではすっかり私の身体の一部のようです。個人的にもとても気に入っており、手前味噌は承知ですが、本当にいい時計です! と胸を張って申し上げられます。

岡村 素材、ブレスレットだけではなく、120m防水をかなえたねじ込み式リュウズや、毎時28,000振動というハイビートなムーブメントなど、他にもブランド初の要素がいっぱいですね。

シュミット なので本当にこの時計が本領を発揮するのは、都会で働いている今ではなくて、水辺でのバカンス。私自身、早くその真骨頂を味わいたいので、休暇を心待ちにしています。

岡村 2020年は、新作発表の場であるSIHHが新しい名称に生まれ変わったり、時計界にとって大きな転換となる年になるのではと言われています。例えば、A.ランゲ&ゾーネと並び、時計界のヒエラルキーのトップに君臨している名門ブランドの多くが、近年レディースウォッチに非常に注力してきているように、女性をターゲットにした新作を発表されるなどの構想はありますか?

シュミット それは現実的に、キャパシティーの問題からしてありません。確かに女性をターゲットにした時計がごくわずかなのは事実ですが、では新しく女性のための新作を開発しようとすると、メンズの時計にかけているさまざまなものを削らなければいけなくなります。我々がつくれる時計の数には限りがありますので、それを変えてまでは、というのは現在の正直な気持ちです。

岡村 女性としては残念な気持ちもありますが、ブランドの規模をいたずらに拡大したりすることは決してせず、真摯なウォッチメイキングを続けていく――改めてA.ランゲ&ゾーネというマニュファクチュールの矜持に感嘆しました。

シュミット A.ランゲ&ゾーネというブランドは、素晴らしいクラフツマンシップの世界であり、時計はもちろん、私は会社としてのカルチャーも素晴らしいと感じております。大量生産では成し得ない、人の手によってつくられているからこそ、人の手の温もりを感じられるからこそ「命」が宿っている、それが私たちの誇りです。

まだ詳細にお話しすることはできませんが(笑)、2020年もみなさんに素敵なサプライズをお届け致しますので、どうぞ楽しみにしていてください。

『オデュッセウス』

A.ランゲ&ゾーネ『オデュッセウス』1
2009年の『ツァイトヴェルク』以来、実に10年ぶりの新コレクション。独創的なデイ・デイト表示など、アーカイブにはないまったく新しいデザインながら、ブランドのDNAを強く感じさせる。『オデュッセウス』¥3,100,000 ●ケース:ステンレススティール ●ケース径:40.5mm ●ブレスレット:ステンレススティール ●自動巻き ※2020年3月までは全世界のA.ランゲ&ゾーネ ブティックのみでの展開
A.ランゲ&ゾーネ『オデュッセウス』2
『オデュッセウス』
A.ランゲ&ゾーネ『オデュッセウス』ケースバック
『オデュッセウス』

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EDIT&WRITING :
岡村佳代