アメリカンドリームを体現した男の物語をもう2作、オススメしたい。

 『ビニー/信じる男』(ベン・ヤンガー監督作品。以下『ビニー』)は、『ロッキー』のようなボクサーの話だ。貧しい境遇から身を起こし、世界チャンピョンにまでなった男ビニーがその世界戦のひと月後に交通事故で首を骨折。まわりのだれもが選手生命は絶たれたと悲しみにくれるなか、ビニーは命懸けで王座奪還のため立ち上がる。アメリカンドリームに相応しい設定でしょう?

http://vinny-movie.com/

 事故のあと、脊椎固定のための手術を受けるんだが、あれはなんだろう、首を固定するために頭の周りに金属の装具をボルトで取り付けるんだ。頭蓋骨にドリルで穴を開け、グリグリとね。そして、王座復活戦に向けてそれを外さなきゃいけないんだが、麻酔をかけずにペンチでボルトを外すんだよ。見てられなかったね。
 その痛みに耐えられるなら、どんなパンチだって受けられる──本人にしてみりゃあそういう自己暗示だったんだろう(なにしろこれは実話なのだから)。それは、ぼくでも想像がつきますが。
 王座復活を賭けた試合の相手は、ロベルト・デュラン。ボクシング好きならご存じだと思うが、70年代から90年代にかけて中量級最強のボクサーといわれた、パナマの伝説的ボクサーで、ぼくもアメリカ留学時代からずいぶんデュランの試合はみているんだ。パンチが強烈なのは当然として、スタミナ、テクニック、戦術にすぐれたパーフェクトな、プロ中のプロ。 

 ビニーの首の医学的状態は、誰も正確にはわからない。果たして殴りあいなどできるのだろうか? しかも相手は世界最強の男。こんなスリリングでドラマティックなクライマックはそうそうあるもんじゃない。プロデュサーのチャド・ヴェルディが映画化したかったのもムリはないですよ。
また、ボクシングシーンが、撮影技術、編集のテクニックの進化で実になまなましいんですナ。『ロッキー』時代とは大違い。こっちはビニーが強力なパンチを顔面に浴びるたびにとびあがっちゃうもんだから、隣の客は気分悪くしたと思う(笑)。すいませんでした。
 ボクシング映画といえば、クリスチャン・ベールがアカデミー賞をとった、2010年の『ザ・ファイター』というのもよかった。覚えてらっしゃる?
 あの作品は兄役のベールが薬物依存という問題を抱えていたのが、主人公(マイケル・ウオールバーグ)のハンディだった。
 『ロッキー』は貧困と学齢のなさ、『ザ・ファイター』は薬物、そしてこの『ビニー』は事故という、不運を抱え、それでも自分を証明するためにリングに上がる。スポーツ系アメリカンドリーム映画の一種伝統と言えるのでしょうか。
 共通点はほかにもあります。

 これら3作の主人公はみな、白人。そして彼らは判で押したように、アメリカ東海岸の都市か郊外の低所得者地区出身(ロッキーはペンシルバニア州フィラデルフィア、『ザ・ファイター』の兄弟はマサチューセッツ州ロウエル、ビニーはロードアイランド州プロビデンス)なのである。
 つまり、昨年の大統領選挙でトランプが主票田にしたラストベルトの東海岸版ですね。
政治のことなんかまるっきりわからないから妙な推論を述べる気はないですが、前回の『ゴールド/黄金の行方』にしろ、この『ビニー』にしろ、次回ボヤこうと思っている『ファウンダー/ハンバーガー帝国のヒミツ』にしろ、主人公は揃ってラストベルトの白人経済的弱者。こういう映画が、そうとうな力を入れて製作されているという事実そのものが「トランプが勝ってしまうアメリカ」のリアルを反映してるんじゃないか。KADOKAWAでの試写会のあと、飯田橋の「おけ以」で餃子をつつくぼくの頭をよぎるのはそういう奇想なんでありマス。

『ビニー/信じる男』 7/21(金) TOHOシネマズ シャンテ他にて全国公開 配給:ファントム・フィルム © BLEED FOR THIS, LLC 2016
『ビニー/信じる男』 7/21(金) TOHOシネマズ シャンテ他にて全国公開 配給:ファントム・フィルム © BLEED FOR THIS, LLC 2016
この記事の執筆者
TEXT :
林 信朗 服飾評論家
2017.7.5 更新
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。