今年は1970年からちょうど50年。同年にリリースされた、サイモンとガーファンクル『明日に架ける橋』、ビートルズ『レット・イット・ビー』、ジェイムズ・テイラー『スウィート・ベイビー・ジェイムズ』、エルトン・ジョン『エルトン・ジョン』といった名盤の数々が改めて脚光を浴びているが、そんな中、アラニス・モリセットの1995年のヒット・アルバム『ジャギッド・リトル・ピル』にも注目が集まっている。もちろん、25周年、というのがひとつ。それを記念してのツアーで4月に来日する、というのもひとつ。そして、昨年暮れに同名のミュージカルがブロードウェイで幕を開けたというのが、もうひとつの理由だ。

25年後も失われない楽曲の衝撃がドラマに生きる

 ブロードウェイには過去にも、音楽世界でのヒット・アルバムを舞台化した作品が登場している。例えば、『トミー』(The Who's Tommy)や『アメリカン・イディオット』(Green Day's American Idiot)がそう。が、『ジャギッド・リトル・ピル』(Jagged Little Pill)はそれらと違って、元が舞台や映画になることを想定したコンセプト・アルバムだったわけではない。アラニス・モリセットの同名アルバムは、恋愛に関する若い女性の繊細かつ辛辣な心情を吐露した楽曲群、といった内容のものだ。

正式オープンの2019年12月5日、カーテンコールで登場したアラニス・モリセット。写真:Greg Allen/Invision/AP/アフロ
正式オープンの2019年12月5日、カーテンコールで登場したアラニス・モリセット。写真:Greg Allen/Invision/AP/アフロ

 それを再構成して、アメリカの郊外(コネティカット)に住む幸福そうに見える中流家庭の実は危うい人間関係のドラマに仕立てたのは、映画『JUNO/ジュノ』で知られる脚本家ディアブロ・コーディ。1978年生まれで、モリセット(1974年生まれ)とも年齢の近い彼女の脚本は、ドラマの家族の中では同世代と思われる母親役に最も感情移入しているように見える。「ギザギザの小さなピル(jagged little pill)」に頼って精神の安定を保とうとしているのが、その母親だ。

 不安定な母親像は、ブロードウェイ登場2009年の『ネクスト・トゥ・ノーマル』(Next To Normal)をひとつの典型に、近年、多く見受けられる。「MeToo」の裏返し的な彼女たちの苦悩は夫の無理解や子供たちとの意識のズレと共にある、という辺りも最近のミュージカルでしばしば描かれるところ。そういう意味で『ジャギッド・リトル・ピル』のドラマは、題材としては目新しくない。が、それぞれにストレスを抱えた登場人物たちが、25年経っても衝撃力を失っていないエッジの効いた「ギザギザ」な楽曲を歌って気持ちを吐き出すと、そこに新たな迫真性が生まれるのは事実。

 それが最も効果を上げているのが、中心家族のハイスクールに通う娘の“ガールフレンド”ジョーが失意の中で歌う「You Oughta Know」。アルバム中最もよく知られたヒット曲ということもあるが、歌うローレン・パットゥンは激しいパフォーマンスで完全に場をさらう。彼女の全編を通しての陰影に富んだ演技も魅力的。賞レースの目玉になるだろう。

実績組と新顔とが組んだ期待のスタッフ陣

アラニス・モリセットを囲むJagged Little Pillのキャスト 写真:REX/アフロ
アラニス・モリセットを囲むJagged Little Pillのキャスト 写真:REX/アフロ

 この作品、新曲が加えられているとはいえ大半は既成楽曲なので、ある意味「ジュークボックス・ミュージカル」なわけだが、その音楽が25年後の舞台で再び新鮮に聴こえる背景には、元の楽曲の力に加え、編曲・音楽監修のトム・キットの功績があると思われる。2002年にブロードウェイ・デビューして以来、編曲家および作曲家としてのキットの仕事ぶりは目を見張るほどで、前述した『アメリカン・イディオット』の編曲や『ネクスト・トゥ・ノーマル』の作曲・編曲(どちらもトニー賞受賞)も彼の仕事。いずれもシャープな音像が印象的だった。ここでも、その感覚が生かされている。

オープニング・デイのカーテンコールで盛り上がる舞台。写真:REX/アフロ

 演出は、『ピピン』(Pipin)『ウェイトレス』(Weitress)のダイアン・ポーラス(アメリカン・レパートリー・シアター芸術監督)。振付は、ヨーロッパで活躍することの多いシディ・ラルビ・シェルカウイ。日本では森山未來と組んだ舞台『テ ヅカ TeZukA』『プルートゥ PLUTO』のユニークな仕事で知られている。

 という具合に、中心スタッフに新顔(モリセット、コーディ、シェルカウイ)も多く含むメンバーでブロードウェイに挑んだ『ジャギッド・リトル・ピル』。現地では、30代から40代を核に幅広く女性層の支持を受けているようだが、25年前の同名アルバムに思い入れのある男性陣も少なくないだろう。アラニス・モリセットの来日で盛り上がったら、そのままニューヨークまで飛んで、この舞台を目撃するというのもありかもしれない。ちなみに、アルバムの日本語タイトルは、そろそろ『ジャグド・リトル・ピル』から、より発音に近い『ジャギッド・リトル・ピル』に変えてはいかが?

上演中のブロードハースト劇場 筆者撮影
上演中のブロードハースト劇場 筆者撮影
劇場前のポスター(中心がローレン・パットゥン)筆者撮影
劇場前のポスター(中央がローレン・パットゥン)筆者撮影

上演日時および劇場は下記サイトでご覧ください。

『ジャギッド・リトル・ピル』

※ブロードウェイの全劇場は3月12日から4月12日までクローズされています。最新情報は公式HPなどでご確認ください。 ※アラニス・モリセットの4月の来日公演は延期になりました。

この記事の執筆者
ブロードウェイの劇場通いを始めて30年超。オンのミュージカルは99.9%網羅。たまにウェスト・エンドへも。国内では宝塚歌劇、歌舞伎、文楽を楽しむ。 ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」(https://misoppa.wordpress.com/)公開中。 ERIS 音楽は一生かけて楽しもう(http://erismedia.jp/) で連載中。
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」