「仕事ではなく本当に自分のやりたいことをやる!」と、決意した旅が、自分の新たな原点になった。--写真家・長濱治

80年代後半、アメリカ南部にブルーズの原風景を求め、あてのない旅を続けた写真家・長濱治氏の写真をUpcycleして、ピター・バラカン氏のテキストと67曲のプレイリストをつけて再編集したビジュアル・サウンドブック「Cotton Fields」。
80年代後半、アメリカ南部にブルーズの原風景を求め、あてのない旅を続けた写真家・長濱治氏の写真をUpcycleして、ピター・バラカン氏のテキストと67曲のプレイリストをつけて再編集したビジュアル・サウンドブック「Cotton Fields」。

世界では日本の写真家の再評価が始まっている。写真家・長濱治氏は、60年代から80年代にかけて「平凡パンチ」、「anan」などの雑誌や広告で活躍し、作品としては、アメリカの「Hell’s Angels」を撮影した写真集がヴィンテージブックとして世界中で高額で求められている。

氏の写真の熱狂的なファンは多く、矢沢永吉、高倉健、石津謙介、開高健、ロバート・B・パーカーなどのポートレイトを撮影。表参道に長蛇の列を作る「GORO’S」の故・高橋吾郎氏のポートレートは、今も店内で睨みを効かせ、若者に人気のブランド「Neighbor Food」は、リスペクトの表現として、毎年、長濱氏の写真をモチーフにした新作のTシャツを制作している。

知る人ぞ知る、日本の「伝説の写真家」が、2020年2月22日に上梓した「Cotton Fields」は、1980年代後半に、長濱氏が撮影したアメリカのディープサウスの風景やブルーズマンのポートレートに、アメリカのルーツミュージックに造詣の深いピーター・バラカン氏がテキストを書き下ろし、テキストに記載されたブルーズ・ミュージシャンの名演67曲をSpotifyで聴けるという、例を見ないビジュアル&サウンドブックである。

ビジュアル・サウンドブック「Cotton Fields」より
ビジュアル・サウンドブック「Cotton Fields」より

聴き込んだアナログレコードを思わせる、深くて、ちょっとノイズ混じりの長濱氏の銀塩写真に、高校時代からブルーズにのめり込んだというピーター・バラカン氏のブルーズ魂が横溢するテキスト、さらに、マディー・ウォーターズからエリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックスまでをも網羅した、ブルーズを愛したミュージシャンたちの渾身の名演が相まって、あたかも現代の音楽の源流へ遡るように、時代ごとのブルーズの変遷を堪能できる。

しかし、ブルーズマンを求めてプライベートでディープサウスに通いつめた長濱の写真が、圧倒的に胸に迫って来るのはなぜなのか?今も色あせない魅力溢れる写真は、どうやって生み出されたのか?

長濱氏は、4歳で疎開先の愛知県の小牧近くで終戦を迎えている。当時住んでいたあたりには進駐軍のアメリカ兵がたくさん駐屯していたこともあり、長濱氏が初めて見た外国人は、アーミーカラーの服を着てジープに乗って颯爽と風を切る米兵の姿。子供心に、異文化のカッコよさに痺れた。

ビジュアル・サウンドブック「Cotton Fields」より
ビジュアル・サウンドブック「Cotton Fields」より

小学生になるとラジオのFENを聴くようになり、ジャズなどのアメリカ音楽を聴き続ける日々。ブルーズとの感動の出会いもこの頃である。

「ブルーズのノリの良さは子供心にも”いいなあ”と、理屈抜きで虜になってしまった」。

50年代は、エルビス・プレスリーが一世を風靡した時代だが、長濱氏はプレスリーにはあまり関心はなく、ジーン・ビンセント、チャック・ベリーに惹かれていたと言う。長濱氏曰く、「拗ね者だったんだよ」。

60年代中頃からは、主に海外のロックフェスティバルやカウンター・カルチャー周辺を撮影しつつ、生活のために雑誌のファッション写真、グラビアアイドルやモデルやタレントのヌード撮影、広告やポートレートの仕事などで幅広く活躍し、以来50年以上、今も現役で撮影を続けている。

しかし、売れっ子写真家の長濱氏が、それまで「個人的に思い入れの深いものは絶対に仕事にはしない」と言い続けたプライドを脱ぎ捨てたのは、50歳を目前にした47歳の頃。

ビジュアル・サウンドブック「Cotton Fields」より
ビジュアル・サウンドブック「Cotton Fields」より

「写真家なんだから一番好きなものを素直に撮らなきゃ、もう撮れなくなる。仕事抜きで、自分自身を十分納得させる撮影をしてみよう」と、私費で、小学生の頃からずっと好きだったブルーズマンを撮影する旅を決意する。世間からちょっと外れた拗ね者ぶりは、売れっ子写真家になっても変わらなかった。

「いま撮らなければいつ撮るのか、だよ、自然とそんな気持ちになったんだな」

ブルーズは、南部の黒人たちが生んだ音楽である。長濱氏は、渡米前に資料を読んで、その流れを推測した。「おそらくアメリカ南部・ミシシッピ川がデルタ地帯を形成しはじめるあたりで発生し、川沿いに北のシカゴまでかな」、と仮説を立て、ブルーズマンに出会える確証もないまま、ディープサウスに向かった。四十にして迷わず。

通訳兼ドライバーはLAの友人。当時のアシスタントとの三人旅で、カメラはニコンF3を2台。他にクルマのトランクに積み込んだのはブルーズ・ミュージシャンに会ったら手渡すための透明なコーンウィスキー『ジョージア・ムーン』。この酒は旨いが強烈で、朝起きてこれでうがいをすると一発で目が覚める。それだけの準備でブルーズ・ロードへ旅立った。

1年目の旅は、ブルーズはときどき聴こえてきたが、何も見えてこなかった。風景としてのブルーズは確かにあったが、ブルーズマンには、一人も出会うことはできなかった。

長濱氏は1988年から4年間で10回、アメリカ南部に通った。最終的には、70人以上のブルーズマンと出会い、彼らに『ジョージア・ムーン』を渡し、撮影したフィルムは42000カットにのぼった。五十にして天命を知るーーブルーズへの情熱が、夢を実現させたのである。

長濱氏が、止むに止まれぬ気持ちで通い詰めたブルーズの旅から30余年。当時の膨大なフィルムを掘り起こし、新たにセレクトし直し、ブルーズの虜になって50年というピーター・バラカン氏が、ブルーズ好きにしか書けないコアなテキストを書き下ろした。

さらには、バラカン氏が選曲したブルーズの名曲67曲をSpotifyのバーコードで網羅した大人の絵本が、『Cotton Fields』。大人たちの真剣な遊び心が作り出した、「ブルーズ魂」を持つすべての人たちの心をくすぐる1冊である。

『Cotton Fields』
【内容紹介】80年代後半、写真家・長濱治が50代手前に単身アメリカ南部に赴いてアポなしでブルース巡礼の旅へと向かい撮影した70人のブルースマンの写真と、ルーツミュージックに造詣が深いピーター・バラカンによる言葉のセッション。ブルースに魂を揺さぶられた両名の合作。そして、ピーター・バラカン監修ブルースの名曲プレイリストをSpotifyで「聴く」、時代の軌跡を「読む」、長濱治が撮るブルースマンの生き様を「見る」ことのできるアート集。
2020年2月22日発売 定価:4500円+税

出版記念イベント

■:2020年2月22日より3月1日まで、長濱治写真展「Cotton Fields」をBOOKMARCギャラリーにて開催中
会場/表参道「BOOKMARC」 2020年2月22日より3月1日まで、長濱治写真展「Cotton Fields」をBOOKMARCギャラリーにて開催中。

長濱治&ピーター・バラカン “Cotton Fields” 出版記念 写真展

■:「代官山蔦屋書店」『Cotton Fields』出版記念トーク&ライブ&サイン会
会場/「代官山蔦屋書店」音楽フロアラウンジ「代官山Session:」
長濱治氏とピーター・バラカン氏によるトークショー&サイン会、ライブ演奏は、ブルーズ・ギタリスト・濱口祐自氏と長濱治氏のテナーサックスのセッション。
入場料/1,500円(書籍購入の方は書籍代+500円)ワンドリンク付き。
(ワイルドターキーの協賛により、一人1杯ずつワイルド・ターキーをご試飲いただけます)

長濱治×ピーター・バラカン ビジュアル・サウンドブック「Cotton Fields」出版記念フェア

※イベントは中止になる場合がありますので、最新情報はHPよりご確認ください。

Photo by RAIRA 
長濱治さん
1941年名古屋市生まれ。多摩美術大学彫刻科卒業。写真家・立木義浩氏のアシスタントを経て、1966年よりフリーランスの写真家として活動。1960年代末から、主に海外のロックフェスティバルやカウンター・カルチャー周辺を撮影。他にファッション、広告、ポートレイトなどの分野でも活躍。 
ピーター・バラカンさん
1951年ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科卒業。1974年、音楽出版社で著作権関係の仕事に就くため来日。1980年より執筆活動、ラジオ番組へ出演。現在は、フリーランスのブロードキャスターとして活躍中。2014年から毎年、音楽フェスティヴァル「Live Magic」を監修。
この記事の執筆者
フィルム写真の素晴らしさを再発見し、新たな視点で編集し、全く新しいコンテンツにupcycle(創造)するクリエイターのグループ。粕谷誠一郎(Creative Director)、尾崎靖(Editorial Director)、白谷敏夫(Art Director)と仲間たちで活動している。
Faceboook へのリンク
PHOTO :
長濱治
WRITING :
Dear Film Project
TAGS: