蟻川工房は、民芸運動の始祖である柳宗悦に影響を受けた染織家、及おい川かわ全ぜん三ぞうの流れをくむ蟻川紘ひろ直なおさんが立ち上げたのが始まりだ。民芸運動を礼賛した白洲正子らの間で、「ホームスパンの匠」として、蟻川工房の名が広まった。創業者の紘直さんが他界すると、ご夫人の喜久子さんとお弟子さんである伊藤聖子さんのふたりでホームスパンづくりを継承した。その後、喜久子さんは引退し、現在は伊藤さんひとりで蟻川工房を担っている。
蟻川工房のホームスパン
ヴィンテージたる所以!
「ウールそのものの風合いを活かした生地を織る」というのが蟻川工房の哲学。ウールは、やわらかくも硬くも織れる。その頃合いを見極め、自然なウールの感触が伝わる着心地のいい生地をつくること。それを成し得るために、手仕事を貫く。キャリア30年となる伊藤さんは、「糸の撚よりひとつも、人に任せるわけにはいきません」と、手紡ぎの糸こそが、ホームスパンの命であると話す。蟻川工房のホームスパンは、空気をたくさん含んだ手紡ぎによって、生地が体に吸い付くようになじむ。糸づくりのうまさや生地の縮しゅく絨じゅうの強さが、やわらかくても決してへたらない生地となるのだ。
約40年前に蟻川工房の生地で仕立てたジャケットを拝見した。くたびれた雰囲気は一切なく、生地表面の毛羽が取れ、むしろ生き生きとしたツヤを湛えていた。ホームスパンの生地はそこまで着用してこそ、本物の風合いに辿り着く。ヴィンテージというのは、ただ古いモノではない。40年前のホームスパンのジャケットを見ていると、年月をかけなければ到底知りえない、本物の姿がそこにあった。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2020年冬号より
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- PHOTO :
- 篠原宏明