「安物の靴を買うほど、私は裕福ではない」いつ頃からあるのか?これはイギリスの諺である。おもしろいなと思う。これほど端的にイギリス人らしい姿勢を現したものはないのではないか?古いものとは違うと思われるかもしれないが、自分の古きよきものとの付き合いは、思えばこんな思想に近いのかもしれない。

古きよきものについて

映画監督・平野勝之が実践するアナログ主義な生活

愛用の『ライカM4』と、「バブアー」のコート、そして「フィルソン」の帽子。
愛用の『ライカM4』と、「バブアー」のコート、そして「フィルソン」の帽子。

僕は古いものが好きです。しかし、正確には古いから好きなのではない。古くてもよくないものはたくさんある。

いつ頃からだろう?

確か’90年代中頃、今から25年ぐらい前から、僕は使い捨てのようなものが嫌いになった。日常になじんだ頃には壊れてしまったり、飽きるようなデザインだったり、ボロくなったらサマにならないものだったり……。そういうものが好きになれなくなってしまった。次から次へと新製品のラッシュで、大量消費の構造についていくのが嫌になっちゃったのである。そもそもお金持ちではなく貧乏性だからなのかもしれない。数年で買い替えなくてはならないものが嫌だった。めんどくさがり、というのもあると思う。

その頃から、どうせお金を使うんなら、少しぐらい高くても、長持ちして、使えば使うほどよくなるもの、いつまでも飽きないで眺めていられるもの、なるべくメンテナンスフリーで使えるもの、などを基準に、少なくとも20年は使うつもりでものを選別するようになっていった。全てのものでそういうわけにはいかないけれど、少なくとも自分にとって重要だと思えるメインになるようなものは、そんな目で選ぶようになったのだ。それは今でも変わらない。たぶん僕はケチなんだと思う。

使い込んだ愛用品の数々。
使い込んだ愛用品の数々。

そんな条件を満たすものなら、古いものでも新しいものでも、どちらでもよかった。また、ブランドものにもさして興味を引かれなかった。むしろイメージが付いているものが嫌だった。ブランドが付いてるだけで「そっち系の人間」と勝手に思われるのに抵抗があったのだ。だからと言って、そういったブランドが付いているものも無視はできなかった。あくまで自分の基準を満たしたものであれば、ブランドであろうがなかろうが、そこは差別せずに見ていこうと思った。反ブランドというのも、それはブランド志向の裏返しであってブランド志向と同じものであるからだ。

そんな目で見ていくと、自分の条件が揃っているものは、どうしても古いものに「行き着いて」しまう。これが僕のいわゆる「ヴィンテージもの」の結論だった。

自分の所有しているものでは、本当に「ヴィンテージ」と呼ぶべきものもあるし、年代からするとヴィンテージとは呼べないが、昔からの伝統的なままの素材や製法や佇まいで、昔と変わらず作り続けられているものも含まれている。

古いものは、大量生産ではないものが多く、便利さと引き換えに、造りも耐久力も素材も、今のものに比べると圧倒的に強い。また、デザインも自分好みのものが多かった。

耐久消費財と呼ばれていた頃のものには、自分の条件を満たすものばかりで、自然と古いものが中心となる生活になっていった。

’40年代以前の古い腕時計などがその代表例だろうか?自分の場合、今の機械式腕時計には魅力を感じられず、’40年代前後の古いロンジンやルクルト、ロレックスなどを普通に日常に使用している。また柱時計や置き時計も’60年代以前の国産のもので、うちに来てすでに20年以上たっているが平気で今でもコチコチと動いている。柱時計などは1万円〜2万円前後で入手、10年に一度ぐらい整備する程度だが、たぶん自分より長生きするだろう。恐るべきコストパフォーマンスである。

昭和11年製のウエストミンスター時計と、ドイツ製の犬目時計。
昭和11年製のウエストミンスター時計と、ドイツ製の犬目時計。

また、カメラはデジタルを購入したことがなく、昔からのフォーマットを変えたくなかったためフィルムオンリー。19年前に考え抜いた末、2000年にライカM6TTLブラックペイントミレニアムを購入、それを皮切りに古いレンズをコツコツと10年以上かけてそろえ、’09年には念願のライカM4ブラックペイントを入手。ほかの機械式カメラと共に現在の主力機となっている。

19年間酷使したライカM6TTLミレニアムと40年代アンジェニューレンズ群。
19年間酷使したライカM6TTLミレニアムと40年代アンジェニューレンズ群。

古いものではないが、’11年に自分の監督作『監督失格』が山形ドキュメンタリー映画祭のコンペに選出されたのをキッカケに、自転車用のツイードジャケット上下を、テーラー「羊屋」で誂えていただいた。1900年代初頭にイギリスでサイクリングに使用されていたツイードジャケットを参考に自分用にアレンジしたものだった。これなどはヴィンテージの精神が生きているものだと思っている。この8年間、これで峠や山などに自転車で行き、スッ転がって使用。遠征は10回は超えているし普段でも初冬から春にかけてよく着用している。その他、旅用自転車、照明器具、食器類、カバン類、小物から水筒に至るまで、気が付くと古いものや、伝統的で変わらないものに囲まれた生活をしている。

テーラー「羊屋」で仕立てた、ツイード製のニッカボッカスーツで自転車ツーリングへ。
テーラー「羊屋」で仕立てた、ツイード製のニッカボッカスーツで自転車ツーリングへ。

うちでは現在、10年、20年選手は当たり前となっている。

よーするに、僕はのんびりさんなんです。


平野勝之さん
映画監督
1964年生まれ。映画監督、文筆家、写真家、冒険家。代表作に『監督失格』(2011年)、『青春100キロ』(2016年)など。その生活ぶりはWEBメディア「&GP」で連載されていた全32回のフォトエッセイ『暮らしのアナログ物語』に詳しい。
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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2020年冬号より
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平野勝之