福岡に来て喜んでもらう食事と言えば「もつ鍋」「ラーメン」「ごま鯖」など、安くておいしい、気軽に味わえる料理が多いのが自慢です。その中で「水炊き」は、仕事や来客の上級なおもてなしで利用することが多い郷土料理。その滋味深いおいしさはシンプルながら各店の個性もさまざま。最近はカジュアルに楽しめるお店も増えてきました。しかしながら女性をエスコートするにふさわしい水炊きとなれば、やはりこの隠れ家をおすすめ。その店は福岡が誇る郷土料理、水炊きを洗練された割烹で楽しませてくれる1軒です。
博多名物をカウンターで
一般に博多の水炊きは東京の軍鶏鍋、京都のかしわ鍋、秋田のきりたんぽと並ぶ4大鶏鍋と言われるそうですが、地元ではそれを意識しないほどポピュラーな鍋料理。焼き鳥店も多い福岡ですが、全国の都市で鶏肉消費量が日本一という統計もあり、本当に鶏好きな土地だからこそ育まれた鍋料理のようです。骨付き鶏肉のぶつ切りや鶏ガラを水から煮立たせることで「水炊き」と呼ばれ、シンプルな鍋でありながらスープの美味しさ、その白濁の加減、鶏肉のやわらかさや部位、ポン酢醤油を使う、使わないなど、店によって味わいが異なるので、自分好みの店を探す面白さもあります。同じ水炊きでもいろんな個性があるのはうれしいもの、それぞれの美味しさが福岡自慢でもあります。
今回ご紹介する「旧かつえ」が素敵なのは、空間と料理が奏でるストーリー。そして鍋料理をメインとするのにカウンター中心で店を構えている潔さ。料理する姿を包み隠さず、また一人ひとりの客を大切にする姿勢も嬉しい、そんなカウンター割烹の醍醐味にあふれる希少な水炊き店なのです。
クール+和の艶を醸す空間と料理
「旧かつえ」という名前を聞いて古風なイメージを抱いてはいけません。大人の女性にこそおすすめしたい「絶対に外さない水炊き」は、店の有りようからクールです。場所は中央区高砂、飲食店が並ぶ路地に小さなコンクリート打ちっ放しの建物がひっそりと。斜めに切り落としたようなシャープな外観には看板もなく、暖簾の彩りだけで開店を知らせる入口がゲストを驚かせます。店内はイチョウの木で設えた重厚なカウンターがまっすぐに伸び、綺麗に並ぶ椅子とともに無機質なコンクリートを温かみのある和モダンの空間に演出。今宵はこのカウンターがステージとなって、美味しい物語が始まります。
メニューは完全予約制で提供する¥7,000のコースのみ。まずは季節を取り入れた前菜。それぞれが繊細に仕込まれた、店からの挨拶代わりとなる上質な3品です。続いて氷塊を大胆に使って涼しげに出されたお造り。地魚のおいしさを目でも味わう演出にいっそう引き込まれていきます。そうして出されるのが水炊きのスープ。骨付きの鶏肉で丁寧にとったスープは、塩味は控えめに旨味がしっかり。予約された人数分しかつくらないという水炊きのおいしさを、まずはスープとしてゆっくりと味わうのです。また同じタイミングで出されるご飯もの、この日は愛媛の赤ウニを潜ませたヤリイカの握りでお腹を落ち着かせ、続く焼き物は対馬産ノドグロが登場。煮大根と炙ったノドグロに海鼠腸(このわた)乗せ。この時点でコースを十分に満喫している自分に気づきます。さらに椀物でホタテの真薯をいただき、いよいよメインの水炊きです。
水炊きの口福な時間
材料とするのは九州産のハーブ鶏。毎日、朝引きの鶏を予約分のみ仕込んでいるそう。強火で短時間炊き上げたら、あとはアクを取りながら丁寧に馴染ませていくというスープには、鶏モモ肉とふわふわのミンチがたっぷり。白ネギや小松菜などの野菜もスープが薄まらないように投入し、最高の状態で目の前に。スタッフが丁寧に器へ取り分けてくれたら、いざ実食です。野菜の甘みも加わった滋味深いスープと、ふわふわなミンチが絶品の美味しさ。ボリュームがあるのにあっさりと食べることができる水炊きです。旨味がたっぷり溶け込んだスープは酒のアテにもなって、器を飲み干すまでまったりと「口福な時間」を過ごすことができました。〆はスープを使った小椀の冷しおじやと讃岐風うどんで。コシのあるうどんもまた、店主自ら手打ちをして準備するのだとか。
食後の満足感もいっぱいに、また誰かを誘いたくなる料理店。水炊きという郷土料理に止まらず上質な和食を楽しめるこの店が、街中で静かに隠れている面白さは、まさに「知る人ぞ知る名店」の楽しみ。大切な人を連れていきたい「絶対に外さない水炊き」が、ミシュランの1つ星獲得の店というのも納得なのです。
問い合わせ先
- 博多の水炊き 旧かつえ TEL:092-531-0205
- 営業時間/17:00~入店21:00(前日までの完全予約制・昼営業も可)
定休日/不定休 席数/20席(個室あり)
メニュー/コース¥7,000(税込)
住所/福岡県福岡市中央区高砂1-6-18
- TEXT :
- 鳥越 毅さん 編集家