「最近のカーデザインには惹かれない」と思っている人は、少なくないはずだ。確かに昔と比べれば、衝突安全性や部品の共通化などで、デザインの制約は厳しくなっている。それでも現場のクリエイター、エンジニアは、知恵を絞って時代の「先」を形づくろうと奮闘していることを、忘れてはならない。最新のデジタル・デザインツールを導入しているフォルクスワーゲンを例に、その最前線をリポートする。

デザインの開発時間を大幅に短縮するツール

2Dから3Dへと移行させるプロセスも速い。
2Dから3Dへと移行させるプロセスも速い。
最新のデジタルデザイン技術が適用された新型ゴルフGTI。
最新のデジタルデザイン技術が適用された新型ゴルフGTI。

クルマにとってデザインは大きな魅力だ。現代は、クルマのメーカーにとってデザインは重要な戦略である。フォルクスワーゲンは、ポストCOVID-19の出口戦略としてデザインの重要性を説く、ジャーナリストむけのプレゼンテーションを先頃実施した。

去る2020年5月初旬に、フォルクスワーゲン(VW)グループのデザインを統括するヘッドオブデザインのクラウス・ビショフ氏が、招待したジャーナリストを相手にオンラインでの説明会を催した。

本来なら本社やデザインセンターなど、しかるべき場所で行う会見かもしれない。しかしCOVID-19の時期とあって、それもかなわず、世界中からジャーナリストがスカイプでの参加となった。

COVID-19が変えたものは記者会見だけでない。ビショフ氏がその場で紹介した、VWグループの新しいデジタル・デザインツールは、ある意味において、じつはCOVID-19と関係深いものなのだ。

「VWグループでは、デザインの開発時間をうんと短縮できるデザインツールを、使うようになっています。たとえば(2019年秋に発表された)新型ゴルフ(ゴルフ8)や、BEV(バッテリー駆動の電気自動車)であるID.シリーズは、従来より大幅にこのアプリケーションを活用してデザインしたものです」

そう語るビショフ氏によると、新しいデザインツールの特長は、時間の節約、精度の高さ、イントラネットでの共用など、デジタルの強みをうんと活かしたものだそう。

高効率とスピードは大きな武器になる

ゴルフGTIを特徴づけるハニカムパターンのグリルもものの数分でデザインできるそう。
ゴルフGTIを特徴づけるハニカムパターンのグリルもものの数分でデザインできるそう。
フォルクスワーゲングループのデザインを統括するクラウス・ビショフ氏
フォルクスワーゲングループのデザインを統括するクラウス・ビショフ氏。

今回のデザインツールのもうひとつのメリットは、とビショフ氏は説明する。

「エンジニアが最初からデザイン工程に参加していることです」

ビショフ氏が例としてあげたのは、空力をはじめ、衝突安全性や運転支援システムだ。デザイン上やっかいなこれらの要件も、このシステムでは最初からデータとして入力されるので、市場(仕向け地)ごとの細かな対応で、デザイナーが悩むこともなくなるという。

「デザイナーが2Dでデザインした図面を、3Dモデラーが3D(立体的)のモデルに、画面上で作り上げます。細完成するまでに要する時間は、1年半。従来なら信じられないほどの速さです」

スカイプの画面では、ゴルフ8のGTIを使って、デザインプロセスを見せてくれた。3DモデラーなどVRゴッグルが大活躍。かつてのように紙やテープ、それにプラスチック粘土などを使って、デザインスケッチからスケールモデル、そしてフルスケールへと(ゆっくり)進んでいくプロセスが過去のものになったという説明に感心してしまった。

もちろんクレイ(粘土)モデルなどは従来どおり作るというが、「回数はうんと減ります」とビショフ氏。それ以上に驚くのは、世界各地にあるVWグループの開発センターの省力化まで可能になるという指摘だ。

このデザインツールは、フォルクスワーゲンにとどまらず、アウディ、ポルシェ、ランボルギーニをはじめとする、VWグループの企業すべてで共用されるという。

COVID-19による外出自粛あるいは欧州各国のような外出禁止令を経験すると、かりに将来、同様の厄災に見舞われたとき、設計からテスト、そして製造へと至る従来のシステムでは小回りが効かず、メーカーがこうむる打撃も少なくないことが知れた。

しかも、前段階として、2019年の中国市場の失速や、米中貿易摩擦があり、そこでは、生産と輸出が、メーカーの思惑どおり進まないことも浮き彫りになった。となると危機に対応して即座に方向転換できるシステムこそ必要となる。

ビショフ氏が披露してくれたのは、デザインツールが新しいというだけに留まらない事実だ。それこそ、自動車メーカーがこれから必要とする”武器”といえるかもしれない。ただしこれによって、多数の失業者が出ないことを、いっぽうで、祈るばかりである。

この記事の執筆者
自動車誌やグルメ誌の編集長経験をもつフリーランス。守備範囲はほかにもホテル、旅、プロダクト全般、インタビューなど。ライフスタイル誌やウェブメディアなどで活躍中。
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