社会と服装とは不可分な関係にあるので、時代の転換期に服装も変わりゆくというのは自然な流れでもある。イギリス発祥の現在のスーツがヨーロッパ、アメリカに普及したのは19世紀中葉のこと。近代資本主義社会の発展、市民社会の成熟と手を携えてテイラードスーツは普及した。
テイラードウェアの未来
先が見えない時期であっても、美しいスーツは必要だ!
一見、外見の差異を小さくしてしまうスーツのシステムは、男性が、それぞれの出自や経済的背景に煩わされることなく仕事や社交を円滑にすすめるための武装としても最適だった。また、スーツは「男は稼ぎ、女がその稼ぎによって着飾る」という当時の性役割をわかりやすく示す象徴でもあった。
資本主義やグローバリズムが格差問題などの弊害をもたらして行き詰まり、またジェンダーによる差別の完全撤廃が求められ、ダイバーシティの重要性が謳われている現代において、スーツ一辺倒ではない、多様な仕事服の需要が高まるのは避けられないことであろう。
その流れの中でスーツやジャケットなどのテイラードスタイルは廃れるのかといえば、決してそうはならないはずだ。仕事服がカジュアル化するにともない、美しく仕立てられたスーツやジャケットは、ここ一番の場面で、逆に、これまで以上に存在感を発揮するだろう。
上質なスーツは、特別な機会に着られることで、「普段のカジュアルな仕事着」では見られない威厳と品格と慎みあるセクシーさを着る人に与える。テイラードスタイルは、魅力的な変貌効果を発揮する一種のフォーマルウェアとして、ワードローブの中での立ち位置をずらしながら、いっそう不可欠なパートナーとなるだろう。もちろん、普段の仕事着としてスーツを着続けるのも、主流に逆らうダンディズムとして称賛に値する。
男性のスーツがもっとも華やかに発展したのが大不況期の1930年代であったのは、理由がないことではない。しっかりと仕立てられたテイラードスーツやジャケットは、先行きが見えない不安な時代にこそ安心感と自信を与えてくれるのだ。さらに、トレンドの推移や体型の変化に合わせてリフォームしていけば、20〜30年先も着用可能なサステナビリティをもつ。地球環境を考えるうえでも、テイラーの職人技術を守り育てるという観点からも、テイラードウェアを大切に着ることによって現代に求められる社会貢献ができる。
ジェンダーによる差別撤廃も進む時代において、こうした普遍的魅力と先進性をもつスタイルを男性に独占させるわけにはいかないので、私は今年の年頭から、有志とともに女性のためのテイラードウェアのキャンペーン「Go Tailored」を始めた。テイラードスーツは、もはや旧時代の男性が担った役割の象徴ではない。ジェンダーを問わず、持続性と多様性のある社会の実現を急務とする現代に生きる私たちに似つかわしい服として、ともに守り、未来へと継承していく価値のある服なのである。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2020年春号より
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- PHOTO :
- 熊澤 透
- STYLIST :
- 櫻井賢之
- HAIR MAKE :
- MASAYUKI(the VOICE)
- MODEL :
- Cuba
- WRITING :
- 中野香織(服飾史家)