「映画はおとなの学校だ」とはわれながら良いタイトルをつけたもんですな。物語や俳優の演技やヴィジュアル、映像や音楽を楽しみながら人生についてイロイロ学べるのだから、一回の授業2,000円なんて格安ではないか。しかも、苦手の予習復習無用ときてる。

「学生」のひとりとしてのぼくの興味が未だにつきないのは、女性の心理であるね。男として、母の息子として、夫として、娘の父として、仕事仲間として女性とはさんざんツキアイ、また、女性ファッション誌も長年手がけたが、変幻極まりない女性心理については、いまだに初学者である。

そこで今回紹介したいのが『エル』である。

 女性の内なるエキセントリックさ(ま、見方によってね)を表現させたら、現代フランス映画界で右にでるものなしのイザベル・ユペールが主演するこの『エル』は「おとなの学校」といっても「大学」もしくは「大学院」クラスの作品ではないかと。

 しかもね、監督は、ぼくがもっとも惹かれ、恐れおののいた女性主人公を演じたシャロン・ストーンが登場する『氷の微笑』(1992年)のポール・ヴァーホーヴェン。この組み合わせは「何かとんでもないケミストリー」を期待させるのである。

 映画の冒頭、主人公のミシェル(ユペール)は自宅に侵入した覆面男によって犯される(このサイトでこの言葉がでるのは、ぼくのページぐらいでしょう!)。ところがミシェルはこれを事件にしないんだよ。警察に行かんのだ。これってそもそも変態だよねえ(笑)。これでまわりのひとは大困惑するわけ。そりゃそうでしょう。また来たらどうする。

 ところがミシェルは、それを待っているようなフシもある。自分でとっつかまえてやろうというソブリも見える。このあたりからぼくは完全にこのアブノーマル&ミステリアス状況に呑みこまれましたね。で、恥ずかしながら、いかにも通俗的な発想をしてしまう。

 そうかそうか、はいはい、ミシェルさんはキライじゃないわけね。プレイとして愉しんどるんだ──と(笑)。

 プレス用のパンフレットには「衝撃の連打」とか「世界を驚愕させた」とか「危険レベルまで常識を超えた」とか書いてありますがね、一番ぼくがブルったその変態ぶりは、この後、劇中でミシェルが何をしたかということよりも、本心を誰にも悟らせない彼女の無表情さというか、焦点が定まっているような定まっていないような空虚な眼付きなんですよ。とりつくシマがないと言うかね。

© 2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINÉMA – ENTRE CHIEN ET LOUP
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 結局人間対人間で、なにが不安かというと、相手がどういうひとで、何を考えているのかわからないままほおっておかれるのが一番不安でしょう?

 ぼくの人生にだって過去、「こいつ何考えてんだ?」というかんじの女性が登場したこともござんすがね、ユペールの場合、その「得体の知れない感」のスケールが違うんだな、巨大クラウド状態(笑)。日本にはこのレベルの女優はいませんね。

 女性をなめてはいかん、絶対にいかん、ああこわとこの映画のユペール先生を見たぼくたち生徒はコブシを握りしめて教室からでてくるわけですね。

 一応書いておきますが、この『エル』でのユペールはアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされたほか、ゴールデングローブ、仏セザール賞でも主演女優賞を取っております。セザール賞は14回目というんだからやんなってしまう。

© 2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINÉMA – ENTRE CHIEN ET LOUP 
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 2017年8月25日、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー
【エル ELLE】公式サイトhttp://gaga.ne.jp/elle

この記事の執筆者
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。