イタリア中部に位置するトスカーナ州は緩やかな丘が延々と続き、糸杉とオリーブ、そしてブドウ畑に囲まれた緑豊かな土地だ。
それはウフィッツィ美術館に飾られたダ・ヴィンチの名作「受胎告知」に描かれた中世の風景と今も全く変わっていない。
高速道路A1号線、通称「太陽道路」をヴァルダルノ出口で下り、ブドウ畑に沿った田舎道をしばし走るとやがて糸杉が整然と並んだアプローチに到着する。ここがワイナリー・ホテル「イル・ボッロ」だ。
東京ドーム150個分、700ヘクタールの敷地があるだけに、門をくぐりぬけてからがまた長い。
ようやく到着したレセプションに車を停め、スタッフに案内されてまずは母屋の「ラ・ヴィッラ」へ向う。
17世紀にフィレンツェの支配者メディチ家からこの土地を与えられたボッロ公爵の狩猟の館は、現在は20人までが泊まれる一棟貸しの客室となっており、パーティやウェディングに使用されることが多い。
映画「山猫」に登場するような豪華な部屋を抜け、2階から敷地を眺めてみると、背後に広がっているのは幾何学的で美しいイタリア式庭園。
その奥に見える集落が「イル・ボッロ」村で、かつてはボッロ公爵に仕える村人たちが住んでいたが、第二次大戦でドイツ軍に占領された後は荒廃の一途を辿り残された村人もわずか。
そこで村ごと購入して修復、再建に乗り出したのがはかのサルヴァトーレ・フェラガモの長男、フェルッチョ・フェラガモ氏だった。
以前フィレンツェのフェラガモ本社でフェルッチョ氏にインタビューした時、こんな話をしてくれたのは、今でもよく覚えている。
「イタリアの男にとってワイナリーを持つというのは究極の夢なのです」
フェルッチョ氏は「イル・ボッロ」というワイナリー建設だけでなく、集落再建というメセナ活動に取り組み、地域の歴史と文化を再興した。
そもそもメセナの語源はローマ帝国時代、皇帝アウグストゥスに仕えて若い芸術家を保護したマエケナスの名に由来する。
イタリア人にとって文化を保護するメセナ活動は2000年前から自然と行われていたことであり、フェルッチョ氏にもそうしたDNAが脈々と受け継がれているのだろう。
古き良きイタリアの風景とは、こうした志ある人の手によって守られているのだ。
「ラ・ヴィッラ」から続く坂を下ること5分、17世紀から変わらず石橋のみが唯一の村の入り口でという「イル・ボッロ」村に着く。
「イル・ボッロ」村は集落全体を修復し、27のスイートと3つのヴィッラからなるアパートメントタイプのホテルやショップ、工房などに生まれ変わった。
古い村全体がエクスクルーシブなホテル空間、という発想はなんとも大胆。
古い農家を改装したアパートメントで一晩過ごせば、遠い世界にタイムスリップしたかのような気分にさせてくれる。
ワイナリーを運営するのはフェルッチョ氏の長男であり、祖父の名を受け継いだサルヴァトーレ・フェラガモ氏だ。
古いワイン醸造施設「カンティーナ」を再建し、従来の地下貯蔵庫にさらに200メートルのトンネルを建設。
最新の建築技術によって、空調を使用せずに内部は年間を通じて16度に保たれている。
ここで作られるのはカベルネ・ソーヴィニヨンやメルローなどをブレンドしたフラッグシップ・ワイン「イル・ボッロIGT」やサンジョヴェーゼ100%の「ポリッセーナIGT」など白赤あわせて現在11種類。
ワイナリー訪問も可能なので「イル・ボッロ」で作られる力強い味は、できれば現地で味わって欲しい。
そして忘れてはいけないのは「イル・ボッロ」で味わう美食の数々。
「イル・ボッロ」村を見下ろすレストランで味わうのはトスカーナ伝統料理をベースに、一歩前進したイタリア料理。
トスカーナを代表するブランド牛「キアニーナ」のタルタルも美しい野菜やアイレを伴い、華やかな料理となって登場する。あわせるのは当然「イル・ボッロ」の赤ワイン。
「イル・ボッロ」にするか「ポリッセーナ」にするか悩ましい問題だが、ここはキアニーナとの相性を優先して土着品種を使った「ポリッセーナ」をチョイス。
ほのかな灯りがともる「イル・ボッロ」村を見ながら静かな空間での食事。これまた忘れられない貴重な経験となるはずだ。
■イル・ボッロ
http://www.ilborro.it
- TEXT :
- 池田匡克 フォトジャーナリスト