スポーツカーとGTの違い。それは、前者が俊敏な走りを実現するために、実用性を幾分省いているのに対し、後者は乗り心地や積載空間にゆとりを持たせて、旅にも使える要素を備えている。どちらも贅沢なクルマには違いないが、日常での使い勝手も考慮するなら、GTのほうが断然便利だ。そのイニシャルを車名に冠した「マクラーレンGT」で、ライフスタイルジャーナリストの小川フミオ氏が東京から伊勢志摩を走破してきた。果たしてその出来栄えは?

東京から約500kmを走破

全長4683ミリ、全幅2095ミリ、全高1213ミリ。
「マクラーレンGT」全長4683ミリ、全幅2095ミリ、全高1213ミリ。

英国人がグランドツーリングという概念を世界に広めた。ギリシアなどヨーロッパ大陸を旅して見識を深める旅行である。そこから生まれたのが、グランドツアラーというクルマのジャンル。遠くまで出かけても疲れにくい高性能車をGTと呼ぶ。

マクラーレンは、英国のブランドであり、手がけるのは高性能スポーツカーなので、正統的なグランドツアラーの作り手といってもいいだろう。実際ラインナップには、荷室が大きめの「570GT」というモデルがある。

そこにもってきて、2019年夏に本国で発表され、20年春に日本で発売された「マクラーレンGT」は、まさに名は体を表すと字義どおりのコンセプトを持つグランドツアラーだ。

570GTが370リッターの荷室容量を持つのに対して、マクラーレンGTは570リッターとだいぶ大きい。しかも今回は、ゴルフバッグまで搭載できてしまう。

マクラーレンGTがグランドツアラーと呼ぶ資格を充分そなえていると思ったのは、荷室容量だけでない。東京から、2016年サミットの舞台となった伊勢志摩の賢島(かしこじま)まで約500キロのドライブを経験しての感想だ。

炭素樹脂製の堅牢なバスタブ型メインシャシーを用い、620馬力の4リッターV型8気筒を、2人乗りのキャビン背後にミドシップしての後輪駆動。マクラーレンGTの成り立ちだ。

前ヒンジで上に跳ね上がるディヒドラルドアがマクラーレンのアイコン。
前ヒンジで上に跳ね上がるディヒドラルドアがマクラーレンのアイコン。

「マクラーレンGT」はアグレッシブ<エレガント

3994ccV8は456kWの最高出力と630Nmの最大トルクで後輪を駆動。
3994ccV8は456kWの最高出力と630Nmの最大トルクで後輪を駆動。

これだけだと、知っているひとなら“これまでの620Sなどのマクラーレン車とどこが違うんだろう”と思うかもしれない。大きな違いは、ドライブフィールにある。

スタイルは、リアに巨大なエアインテークを備えたスタイルをべつとすれば、620Sや600LTといった既存のモデルより、はるかにおとなしい。全高1.2メートル少々ゆえ、地を這うような姿勢にこそ迫力が満ちているものの、アグレッシブよりエレガントなる形容のほうが似合いそうだ。

スタイルからくる印象を、操縦感覚が裏書きしてくれる。たしかにものすごいトルクで、メーカー発表で静止から時速100キロまでわずか3.2秒という加速性能を味わうことはできる。でも、ハイウェイを適度な速度でクルーズするのもまた、このクルマの得意とするところだ。

サスペンションは比較的ソフトよりの設定。加えて、静粛性は高い。私は、ドライブモードセレクターで、サスペンションは「ノーマル」、エンジンは「スポーツ」を組み合わせた設定が好みだった。

足まわりをスポーツにすると、車体の姿勢がしっかり制御され、ワインディンロードをとばすのに最適。エンジンはやっぱりアクセルペダルへの反応がするどくてナンボと思うのでスポーツがよい。「ノーマル」「スポーツ」そしてその上には「トラック」(レース)が設定されている。

ハイウェイでも一般道でも、路面が荒れていないかぎり、姿勢はフラットに保たれ、乗り心地がよい。それでも上記のように「トラック」モードが設けられているところが、さすがマクラーレンのこだわりというべきか。サスペンションとエンジン、ともに「トラック」を選択すると反応はかなりシャープになる。一般道では選ばないほうがいいかも。

タイトだがきゅうくつではない2シーターのコクピット。
タイトだがきゅうくつではない2シーターのコクピット。

快適に過ごせる工夫もぬかりなし

大きな荷物はフロント部分に、コクピット背後(エンジン上)には長尺物が収まる。
大きな荷物はフロント部分に、コクピット背後(エンジン上)には長尺物が収まる。

加えて、インテリアはマクラーレンならでのオーガニックな曲線で眼を楽しませてくれるばかりか、機能にもすぐれる。空調がよく効くうえに、アンビエントライト、透明度を調節できるガラスの天井、そして高品位オーディオと、移動中終始快適でいられる仕掛け満載なのだ。

賢島まで走っても、まったく疲れないのは、嬉しいおどろきだった。むしろドライブが楽しくて、さらに先まで走っていきたくなるのだ。あるいはそのまま東京にUターンしなくてはならなくなったとしても、苦痛とは思わないだろう。

720Sや600LTも乗り心地は意外にいいのだけれど、「マクラーレンGT」はそれに輪をかけて、旅を愛するドライバーのためのクルマとして完成度が高いのだ。

いまこの分野の、つまりハイパースポーツGTが活況を呈している。フェラーリ・ローマ(2682万円)、BMW M8(2230万円)、アストンマーティンDB11(2363万円)といったぐあいだ。そこにあってマクラーレンGT(2645万円)は、全方位的によく出来ていて、強い競争力を持ったモデルだとよくわかった。

【マクラーレン「マクラーレンGT」】
ボディサイズ:全長4,683×全幅2,045×全高1,213㎜
車両重量:1,466kg
エンジン:V型8気筒DOHCツインターボ
総排気量:3,994cc
最高出力:456kW(620ps)/7,500rpm
最大トルク:630Nm/5,500〜6,500rpm
トランスミッション:7速DCT
価格:¥24,045,455(税抜)

問い合わせ先

マクラーレン・オートモーティブ

この記事の執筆者
自動車誌やグルメ誌の編集長経験をもつフリーランス。守備範囲はほかにもホテル、旅、プロダクト全般、インタビューなど。ライフスタイル誌やウェブメディアなどで活躍中。