第44代アメリカ合衆国大統領バラク・オバマの夫人。初のアフリカ系アメリカ人のファーストレディーであり、黒人奴隷をルーツにもつ。シカゴの労働者階級が住むサウスサイドに生まれ育ち、プリンストン大学からハーバートのロースクールへ。
卒業後、全米有数のシドリー・オースチン法律事務所に弁護士として勤務。インターンとしてやってきたバラク・オバマのメンター(精神面も含めた指導者)となって知り合った。ミーティング時のミシェルのプレゼンテーションに、強い印象を持ったのが、意識するきっかけになったと、バラクは述べている。恋女房なのだ。
オバマ夫妻は高額所得者になっても、大統領就任までサウスサイドに居住し続け、虚飾を排した一貫した信念を感じさせた。当時ミシェルの方が、はるかに収入が多かったというのも「やり手」だった証であろう。
ミシェルの自信に満ちた行動やファッションは、そんなバックグラウンドから生み出されている。
ファーストレディーが国を代表するブランドで装い、外交や公衆の前に登場するのは、今や常識である。古くはジャクリーン・ケネディも、オレッグ・カッシーニを愛し、「ジャッキースタイル」は一世を風靡した。ナンシー・レーガンはハリウッド御用達の巨匠、ジェームス・ガラノス、ビルブラスなどを愛用し'80年代のアメリカのファッションアイコンであった。クリントン大統領夫人だったころのヒラリーは、オスカー デ ラレンタのイブニングドレスを着用していた。
だが、これらのデザイナー達の多くはクチュリエであり、庶民には高嶺の花の存在であった。お洒落のセンスが評価されても、ほとんどがクチュール仕立ての「特別製」。そういったファーストレディーのファッションはミシェル・オバマの登場によってガラリと変化した。
ハイ&ローを着こなす聡明なファッションが話題に
テレビ出演やファミリーで登場するときには娘達もそろって、お手ごろ価格の国民的ブランドJ crewやGAPを愛用。
NBCの人気トークショー『Today show』に出演したときには、H&Mの35ドル(当時2,900円程度)もしないネイビーに水玉のシフォンドレスで登場。ベルトだけ自前のオレンジ色の幅広に替えて、インパクトのある完璧な自分のスタイルで着こなすなど、誰に媚びることもない、等身大でモダンなバランス感覚を見せている。
また『Tonight』出演の際には、敵対する陣営の副大統領候補であったサラ・ペイリンの15万ドル(1,500万円)という高額服飾費が話題に上っていた折もおり、肌の色によく似合うカラフルなイエローのニットアンサンブルで登場。価格を聞かれて「J crewよ(総額で266ドル)」と答え、観客から嵐のような拍手を浴びたこともある。
ミシェルは「ジャッキー以来のファッションアイコン」と讚えられることが多いが、誰にでも手が届く親しみやすいブランドを好んで身に付けるところが大きな違いだろう。
もちろんフォーマルな席ではクチュールもまとう。「ハイ&ロー」のミックスが絶妙にうまいのだ。現代の誰もが共有しているこのファッション感覚をファーストレディーの品格を保ちつつ、ずばり体現しているのである。
服の選択に政治的、社会的な意味合いを含めるのがミシェル流
ワシントンポストやニューヨークタイムズなど高級紙がこぞってミシェルのファッション特集を組み、ピープル誌で「ベストドレッサー賞」、ヴァニティフェア誌では「世界のベストドレッサー10人」に選ばれ、『アメリカンヴォーグ』の表紙も飾っている。
その評価は、単純に「センスが良くて素敵ね」というレベルではない。どういう場面で、誰に向けて装うのか。それを熟知しているからこそ、的確な装いで登場し、決してタイミングを外さないのだ。この聡明なファッションセンスこそ、いままさにファーストレディーに求められるものではないだろうか。
それはアメリカが抱える「ダイバシティ(多様性)」に焦点をあて、若いデザイナーを積極的に起用したことでもわかる。多様な宗教、文化が渾然と交わる多民族国家にふさわしく、公の席では、意識的に多様性と可能性をシンボライズするデザイナーに脚光を当て続けた。
第1回目の就任式パレードでは、キューバ出身のイザベル・トレド、舞踏会では台湾系アメリカ人のジェイソン・ウーというほとんど無名のふたりをチョイス。それからも、タクーンやプルバル・グルーンなどアジア系アメリカ人やインドのナイーム・カーン、アフリカ系のトレーシー・リースなどを重用。彼らはその後、あっという間に人気デザイナーとなって行った。同時にダイアン フォン フォステンバーグやトム・ブラウンなどアメリカンファッションに貢献したベテランまで、選択はバランスよく多岐に渡った。
ミシェルの人気のもうひとつの秘密は、よくワークアウトされているが、大柄で決して細身とは言えない容姿が醸し出す親しみやすさにある。引き締まった二の腕で着こなすノースリーブのフィット&フレアのドレス。大胆な配色とモチーフ。肌の色を引き立て、カジュアルな女らしさを感じさせるミシェルの典型的なスタイルである。
また、ジャケットよりカーディガンを好み、優しい雰囲気を演出しているのも特徴だ。エリザベス女王に謁見したときでさえ、黒のカーディガンに真珠のネックレスであった。
外交の席では、訪問国のデザイナーを選び、来日時には、タダシ ショージやKENZO、訪英の折にはクリストファー・ケーンなどの英国若手を、イタリアでは老舗のミッソーニを選び、好感度を上げている。服の選択に常に政治的、社会的な意味合いを含めるのがミシェル流。革新的でありつつ、大統領の妻としてパーフェクトなサポートである。
そのうえ機知に富み、ムードを掴むスピーチのうまさも抜群だ。そんな知的で揺るぎない態度がどれだけ愛されているかというと、バラク・オバマが大統領を退いた後、ハッシュタグ「#michelle2020」が立ち上がり、次の大統領選に向け、ラブコールが始まっているという。出馬する可能性は限りなく低いだろうが、待望論が湧き上がるほど国民の心を掴んだミシェルの人気を支えたひとつが、周到に用意されたファッションであったと言っても過言ではないだろう。
- TEXT :
- 藤岡篤子さん ファッションジャーナリスト
- PHOTO :
- Getty Images
- EDIT :
- 渋谷香菜子