2015年のミラノ万博を機に、ミラノのガリバルディ地区再開発は一気に進んだ。どこかNTTドコモ代々木ビルを思わせるようなユニクレディト銀行ビルや、ミラノ中央駅前で異彩を放つロンバルディア州ビル、2015年度世界最高の高層ビルに選ばれた緑に覆われたタワーマンション「垂直の森」などなど、久しぶりにミラノを訪れたならその変貌振りにとまどってしまうかもしれない。
そうしたミラノのマンハッタン化は今後も続いてゆくと思われるがこれはイタリアにおいては極めて稀でミラノが唯一の例外的存在。ローマやフィレンツェ、ヴェネツィアなどの世界遺産都市では主要教会より高い建築は規制されており、教会を見下ろしながら食事を楽しむような行為は考えられなかったのだ。
しかしそこは革新とモーダの街ミラノ。旧イタリア電力公社エネル跡地に立つビルの屋上に360度ミラノの眺望が楽しめるテラス・レストラン「チェレージオ・セッテ」が誕生したのだ。
オーナーは同ビル内に本社を持つファッションブランド「ディースクエアード」で双子デザイナー、ディーンとダンのケイティン兄弟が自ら担当した。
まず1階にあるコンシェルジュ・デスクで予約してある旨を告げると専用エレベーターで最上階へと通される。するといきなり視界に広がるのはミラノの高層ビル群と広大なプール。
「チェレージオ・セッテ」はレストラン、バー、プールの3コーナーからなる複合タイプのレストランで、専用プールでしばし泳いだ後にバーでアペリティーヴォ(食前酒)、そして夜景を見ながらのディナーという使い方も可能だ。
レストランのシェフは、ミラノ近郊ブリアンツァ出身のエリオ・シローニ。高級リゾート、サルデーニャ島、コスタ・ズメラルダにある名門ホテル「ピトゥリツィア」のシェフとして大いに活躍。イタリア料理アカデミーで料理を教えていた時期もあり、日本のイタリア料理界でも彼に指導をうけた料理人も多い。
2005年にミラノに「ホテル・ブルガリ」が誕生した時、初代エグゼクティブ・シェフを勤めたのがエリオ・シローニで、それまでの豪華一辺倒のホテルダイニングとは一線を画すシンプルかつ斬新な料理だったことを今も覚えている。
レストラン空間はミラノのディモーレ・デザインが手がけたニューヨーク・ヴィンテージ風で、古き良きアメリカのダイナーを思わせるような空間だ。
イタリアのレストランは華美な装飾を敬遠するミニマル化の傾向にあり、高級店でもテーブルクロスがない店も多くカジュアル・スマートが合い言葉のようになっている。「チェレージオ・セッテ」は雰囲気も価格もカジュアル、しかし料理は伝統をベースにシンプルにしたファイン・ダイニング系だ。
この日の前菜は「子牛のカルパッチョ、いちじくとアンチョビ」。
軽く火を通した淡白な子牛肉にいちじくとハチミツの甘味、アンチョビの塩気がアクセントとなる。プレゼンテーションは美しいが決してシェフ・オリジナルの創作料理ではなく、蒸し暑い北イタリアの夏は子牛の冷製は夏の定番。
生ハムなどにいちじくを組み合わせるのもやはり夏の前菜で、甘味と塩味のコントラスト「ドルチェ・サラート」という概念はイタリア料理の根幹にあり、どこか郷愁を感じさせてくれるような料理だ。
パスタはシンプルな「リコッタのトルテッリーニ」。羊の乳を使った新鮮なリコッタ・チーズに完熟トマト、バジリコともに食べるこれも夏のパスタ。
詰め物パスタは好きだが料理が多すぎる、という伝統料理の課題を解決してくれる小ポーションなのもいい。
メインは肉でも魚でもなく野菜のみを使った「ナスのロースト、白いんげん豆のスープ仕立て」。ボリュームあるナスと冷たい豆のスープの組み合わせはシンプルな素材の味が際立つよう調理も最小限にとどめてある。
決して高価ではない季節の野菜をうまく使うイタリア家庭料理の原点「クチーナ・ポーヴェラ」=質素な料理、の現在型だ。
デザートは「レモンのソルベとレモン・クリーム」。さらにレモンのジュレとクッキー生地が下に隠れていてまろやかな酸味がコースを締めくくってくれる。
食事の最後にエリオが現れ「ミラノを見ながらの食事はどうだった?ディナーなら夜景が見えるテラス席がロマンチックでおすすめだぞ。」とにこにこしながら語ってくれた。
ミラノ滞在時、毎回ミラノ風カツレツでは芸が無いし、ここぞ!というような店をいくつかストックしておきたい。いつもそんな思いを抱ている人にすすめたい一件。
■チェレージオ・セッテ
http://www.ceresio7.com/
- TEXT :
- 池田匡克 フォトジャーナリスト