日本文化と革新性。自然と対話するデザインで世界的に名を馳せる隈研吾氏が『ザ・キャピトルホテル 東急』の玄関口を設計して10年が経った。いつ訪れても新鮮な印象をもたらす『ザ・キャピトルホテル 東急』のデザインから、コロナを経た未来まで、建築を軸にしながら自由に語ってくれた。

隈氏らしい自然との調和を存分に堪能できるエントランス

駅、美術館、図書館、病院、校舎、店など様々な公共施設を手掛ける隈研吾氏。膨大な作品群を誇る隈氏が特に好きなのがホテルの設計だ。『ザ・キャピトルホテル 東急』をはじめ、最近オープンして話題となった京都のエースホテル、大阪の新歌舞伎座跡地に誕生したホテルロイヤルクラシック大阪など、数多くの宿泊施設をデザインしている。様々な建築の中で最も楽しい仕事がホテルだと隈氏は話す。

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「子どもの頃から、今もあるオールデイダイニングのORIGAMIに親に連れられて来ていました。ジャイアント馬場さんをよくお見かけしたのを覚えています」 ©Kohei Hara

「ホテルは個人住宅と違い、僕自身が何度も訪れることができます。時間が経つことで自分が考えていることがより明確になって勉強になります。それにホテルを訪れることで世の中の流れもわかりますから」

『ザ・キャピトルホテル 東急』のエントランスなどのデザインを依頼された際、どこか因縁めいたものを感じたと言う。それは前身の『東京ヒルトンホテル』が子どもの頃からしばしば通っていた、なじみのあるホテルだったからという理由だけではない。

「『東京ヒルトンホテル』を設計された吉田五十八さんの作品はどれもかっこよく、作品を随分拝見しました。吉田さんは四代目の歌舞伎座を手がけられ、僕が五代目を担当していますし、『ザ・キャピトルホテル 東急』も僕がさせてもらった。吉田さんと面識こそありませんが、結びつきを感じます」

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『ザ・キャピトルホテル 東急』のエントランス

数寄屋造りを近代化させた吉田氏と、木材を印象的に使って和を感じさせるデザインの隈氏には通底した美意識があるのかもしれない。「古い建物を生かすような建築の注文をされるとワクワクする」と話すとおり、『東京ヒルトンホテル』時代に印象深かった水盤を引き継ぎ、エントランスの隣に設けている。ロビーの床と水盤の高さを揃え、館内と外観が融合した隈氏らしい造りだ。

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隈氏がホテルを設計する上で最も気になるのが水まわり。「水まわりが良いと、感性に響いていきます」

隈氏は環境や文化からインスピレーションを得る。

「自分でゼロから作るには限界があり、土地が持つ歴史的パワーを味方にすることで深みのある建築ができます」

『ザ・キャピトルホテル 東急』の場合も、立地が大きく影響した。東京の心臓部とも言える立地にありながら、すぐそばに日枝神社への参道があり、都心とは思えぬ静けさ。さらに北大路魯山人が主宰する美食倶楽部『星岡茶寮』があった歴史のある場所でもある。

周辺環境を生かし、『ザ・キャピトルホテル 東急』も生い茂る木々と共生するデザインだ。前述の水盤もそうだが、エントランスの庇には木を模した素材を用い、隈氏らしい日本の和との融合を感じさせる。

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周辺の木々の影により庇に濃淡が生まれ、刻々と表情を変える

ロビーもエントランスの庇と同様の素材を使用し、アプローチから一体感を持ってゲストを迎え入れる。

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ロビーの天井には斗栱を彷彿とさせる組物が

「日本は戦争が少なかったおかげで技術が途絶えることなく、洗練されています。特に斗栱(ときょう)の技術は世界一ですね」

隈氏が語るように、エントランスやロビーに採用されているのは、庇や斗栱など、日本の伝統的な建築様式。これも歴史ある土地に敬意を払ってのことだろう。

アフターコロナは、ホテルの存在感がより増す時代へ

コロナ禍で価値観の転換が迫られる今、「建築家は社会の転換時に預言者のようにアイデアを出さなければならない」と話す隈氏。彼が考える近い未来は、コロナ禍を経てホテルの存在感がより増すというものだ。

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「コロナ禍で建築の世界も変わる」と話す隈氏 ©Kohei Hara

「これまではオフィスや住宅といったごくプライベートな空間か、道路や公共施設などのパブリックな場所のどちらかが注目されていました。コロナ禍で働く場所の自由度が高まり、プライベートとパブリックの中間領域に位置する建築物が求められるのではないでしょうか。ホテルは様々な人が利用する、ある種の公共施設でありながらプライベートが守られる、住宅と公園の中間に位置する存在です。今後、さらに流動的な時代になり、フレキシブルな機能も求められるでしょう。ホテルはオフィスにも住宅にも病院にもなれる。今後はますます重要性が増すでしょうね」

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隈氏が着ているジャケットは、エルメスの傘下ブランド「シャンシア」のもの。一見レザーに見えるが、素材は漆を塗ったシルク。アジアの伝統技術が生かされている ©Kohei Hara

隈氏は「建築的な作法を持っていると、世の中の見え方も変わってくる」と話す。しかし日本には建築という枠が厳然とあり、高尚なものという印象が依然として強い。建築的な作法や思想を持つのは、なかなか難しいようにも感じる。

「産業資本主義、金融資本主義を経て、これからの人間はいかに自然に還っていくか、それを自分でデザインする時代に突入するでしょう。海外では建築関係者以外でも気軽に建物を語るなど、建築はシームレスに周辺のものとつながっています。難しく考えず、その姿を参考にすれば、ヒントが見えてくるのではないでしょうか」

『ザ・キャピトルホテル 東急』の最上級スイート『ザ・キャピトル スイート』へ

『東京ヒルトンホテル』は、1966年のビートルズ来日時に会見や宿泊をしたことで知られる。隈氏デザインではないが、その痕跡を感じられる最上階の29階にある『ザ・キャピトル スイート』も紹介しよう。

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日本の伝統色である茜色をアクセントカラーにした広々としたリビング

皇居や国会議事堂など、東京の中心部が一望できるスイートルームは、リビング、ダイニング、書斎、ベッドルームとバスルームからなり、223.4㎡もの広さを誇る。室町時代の住宅様式である書院造からインスピレーションを得たインテリアで随所に和のテイストが散りばめられている。

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和のテイストが色濃く出ている書院造のシェルフがある書斎エリア
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障子や行燈をイメージしたライトだけでなく、ベッドの位置も少し低くし、布団で眠る感覚に近づけている

『ザ・キャピトル スイート』は回遊できる間取りで、その広さを存分に堪能できる造りでもある。

ビートルズの足跡はリビングの壁に飾られている。

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『ザ・キャピトル スイート』に飾られた、筆を扱うビートルズのメンバーの写真

現在フロントデスクに飾られている、篠田桃紅氏の水墨画『無題』に感銘を受けたメンバーが筆を扱うことに挑戦している姿を捉えたものだ。この貴重な写真が飾られているのはこの部屋だけで、ゲストへのちょっとしたギフトにもなっている。

隈氏が手掛けたエントランスだけでなく、館内にはアート作品も展示されている。芸術の秋、様々な10周年イベントが行われている『ザ・キャピトルホテル 東急』へ足を運んではどうだろうか。

問い合わせ先

ザ・キャピトルホテル 東急

TEL:03-3503-0109

この記事の執筆者
フリーランスのライター・エディターとして10年以上に渡って女性誌を中心に活躍。MEN'S Preciousでは女性ならではの視点で現代紳士に必要なライフスタイルや、アイテムを提案する。
PHOTO :
黒石あみ(小学館)
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