福岡県が天然マダイ日本一の産地であったり、「ゴマさば」のように鯖を生で食べるメニューが当たり前に並んだり。私たちは普段あまり意識していませんが、福岡は筑前海、豊前海、有明海という3つの海に接していて、それぞれの海の幸を新鮮なまま味わえるという、魚好きにはたまらない土地でもあります。それは関東の店に並ぶそれとは明らかに違うようで、福岡に来ると魚が楽しみという観光客も多いそう。もし私の案内に「福岡でおいしい魚を食べたい!」と望まれるなら、大手門の小さな店へひっそりとお連れすることになるでしょう。おいしい和食も居酒屋も多い福岡の街ですが、何よりその店には心からうれしそうに、魚をおいしく調理してくれる主人がいるのです。

福岡の魚をおいしく食べられる名店「十石かじはら」外観

そこは10席の小劇場

その店は「十石(じゅっせき)かじはら」。名前の通り、席はL字カウンターに10席のみという潔さ。飾りもなくカウンターと板場のみというシンプルな店内は、店主と向き合う程よい緊張感が心地良く、凛とした空気で包まれます。板場でひたむきに調理する姿を、すべてさらけ出す店主は梶原 恵さん。さしずめ小さな舞台に立つアクターのようでもあり、 客である私たちはカウンター席からついつい、その一挙手一投足を見届けてしまいます。目にするもの、聞こえてくるのは包丁を入れる、串に刺す、煮詰める香りやクツクツとした音、立ち上がる煙や湯気など、調理に関わるさまざまなシーンばかり。もちろん梶原さんとの会話や酒を飲んだり、つまんだりといった酒場的な雰囲気もありながら、でも目は調理のライブを見続けてしまう。魚が見事においしく仕上がる過程が、本当に舞台を見るようでついつい目で追うことになるのです。

「十石かじはら」の店主、梶原恵さん

一見、無口のように見える梶原さんですが、客が魚好きということがわかるとうれしそうに顔を綻ばせて話しかけてくれます。「きれいに食べられますね」。ある日、甘鯛の頭を焼いてもらい、箸を駆使して身を残さずに食べ尽くした時にかけてもらったひと言も、私にとっては最高の褒め言葉。魚が大好きで料理人になった店主に褒められたら、魚好きを自称する私も素直にうれしいもの。たぶん料理人としてよりも、大好きな魚を残さず食べた姿をうれしく思ってくれたのだろうと解釈しています。

「十石かじはら」の魚三昧

そんな店の魚づくしを楽しみたいと、この日はコースでお願いすることに。季節はもちろん、予約した数日前の天候によっても変わってくる魚の仕入れ。その中で客を最大に悦ばせようと、多彩な構成で出されるコースは、まさに魚三昧でした。

まずはアラ。福岡の冬に鍋物などで人気の高級魚ですが、紫蘇を挟んでカラリと揚げたさりげない一品に。身はしっとり、衣に軽く粉塩をまぶしていただきます。続いてスッポンの茶碗蒸し。旨さたっぷりの出汁の上から柚子の香りをまとって爽やかさをプラス。そしてお造り3種。マダイ、ヤリイカはまさに筑前海の恵み。赤ウニは唐津産。ヤリイカや赤ウニは夏がおいしいということで旬の最後をしっかり堪能です。次のひと皿は味わいの変化を楽しむように、軽く酢でしめた鯖を土佐酢に絡めて。鯖の身の美しさも印象的です。

まだまだ続いて焼き魚へ。先にメヒカリの一夜干し。小さな魚体に脂の旨味が凝縮してしっとりと濃厚な味わいに。次なる焼き魚はノドグロの炭火焼き。ほっこりした身がなんて香ばしいこと! おいしさが切り身にたっぷりで、ゆっくりと日本酒も楽しませてもらいました。さらに茹でたモクズガニを半身。これがまた上海蟹に負けない旨味にあふれた身がぎっしり。そして餡かけで登場したのはエビと白芋茎。ホッとする葛餡の出汁にエビと白芋茎のメリハリある食感が楽しい一品でした。

「十石かじはら」のメヒカリの一夜干し

こうして8品の魚料理を満喫した最後を〆たのがハモの土鍋ご飯。ハモは丁寧に骨切りして炭火に炙り、醤油タレをかけながら香ばしく焼き上げます。それを小さく包丁で切り分け、ご飯の炊き上がりに合わせて土鍋に投入。三つ葉を合わせて蒸らした後に混ぜ合わせるのですが、醤油タレと絡んだ色鮮やかなご飯がいっそう満足度を高めていくのです。

食べきれなかったハモのご飯は自宅の手土産に早変わり。最後に深みのある抹茶シャーベットで口直しをして、この日のコースは終了です。こうして魚三昧の一夜は終わったわけですが、これらの料理は最初から調理されていたわけでなく、他の客の食事や会話を進めながら、実にテキパキと頃合いよく仕込んでいく店主の姿が楽しそうで、やっぱり酒のアテとなっておいしい時間をつくっていたのでした。

抹茶シャーベットで口直し

以前、どうしてこの場所に店を構えたのかと尋ねたら「長浜の市場が近いから」と即答した梶原さん。福岡のおいしい魚が食べたいなら魚が大好きな店主の店へ。どうぞ10席しかない小さな劇場へお越しください。

お造り3種。筑前海のマダイ、ヤリイカ、唐津産の赤ウニ。旬の最後を堪能です。 
鯖の刺身は土佐酢でいただく。身が美しい!
ノドグロの炭火焼き。串に刺されて炭火で焼かれる調理過程もライブ感あり。
ホッとする葛餡の出汁にエビと白芋茎。メリハリある食感が楽しい。
〆の飯物はハモの土鍋ご飯。地物のハモは鐘崎漁港で水揚げされたもの。店主がハモの骨切りをする様も美しい演出のようでした。
ネタ箱には色鮮やかな甘鯛やノドグロ、太刀魚など。綺麗に並べられて出番を待つのです。

問い合わせ先

  • 十石かじはら 
  • 営業時間/17:30~L.O.22:00
    定休日/日曜
    メニュー/コース¥5000円~8,000円(税込)※アラカルトもあり
    TEL:092-737-5410
    住所/福岡県福岡市中央区大手門2-9-17 YJKビル1F
この記事の執筆者
TEXT :
鳥越 毅さん 編集家
2017.12.16 更新
熊本で情報誌の編集・制作に携わり、1990年に福岡へ。発展する街で人気タウン誌の編集・営業ディレクターなどを経て、2010年よりグルメマガジン「ソワニエ」制作チームとして福岡の「食」の魅力を発信中。2014年、『ふくおか手みやげ自慢』を発行。好きなもの:九州旅、路地散策、古民家、隠れ家、コーヒー、ウイスキー、日本酒、陶磁器、短距離走
WRITING :
鳥越 剛
EDIT :
安念美和子