朝晩の気温が下がり、コートをはおりたい季節になってきた。とはいえ、ウールのコートはまだ早い。そこで、トレンチコートの出番である。ミリタリー用を起源とするだけあって、機能性は折り紙付き。ただし、着こなし方は簡単そうで意外と手強くもある。そこで、「この人、着慣れてるな」と思わせるテクニックを伝授しよう。

 英国軍で用いられたミリタリーアウター、トレンチコート。しかしそれは若く溌剌とした軍人たちよりも、少しやさぐれた中年男が着たときにこそ、その魅力を最も際立たせるという、不思議なコートでもある。そして、そんなトレンチの希有なるダンディズムを世に知らしめたのは、数多の名作映画であった。

 日本でトレンチコートが知られるようになるのは、1946年に公開された『カサブランカ』(’42年)で、ハンフリー・ボガートが着てからだろう。

 最後、カサブランカの霧の空港で、ボガートが恋人のイングリット・バーグマンと別れる時に、ソフト帽をかぶり、トレンチを着ている。アクアスキュータム社のトレンチのようだ。襟を立てているのが粋。

 恋人の幸福のために身を引く。クールでいながら男気のあるボガートにふさわしい大人のコートだった。この映画でトレンチコートはボガートの代名詞になった。ウディ・アレンの『ボギー!俺も男だ』(’72年)は『カサブランカ』のオマージュで、ウディ・アレンの妄想のなかでしばしばボガートが現れるが、もちろんソフト帽にトレンチコート姿。「トレンチ(trench)」は塹壕の意味。第一次世界大戦の時、イギリス軍が戦闘用の防水コートとして兵士に支給したのが始まりという。そのため丈夫で、男っぽい。カーキ色をしているのはカモフラージュとして土に合わせているため。

 日本人にトレンチコートを強く印象づけた映画はもう一本ある。1950年に公開された『哀愁』(’40年)。

 第一次大戦のさなか、ロバート・テーラー演じるイギリス軍の大尉が、踊子ヴィヴィアン・リーとつかのまの恋をする。

 大尉はフランス戦線で戦い、休暇を得てロンドンに来ている。塹壕で戦ったのだろう、軍服の上にいつもトレンチを着ている。ある夜、激しく降る雨のなか、踊子を訪ねる。窓から、トレンチ姿の大尉を見た踊子は、階段を駆け降りる。雨に濡れてふたりは抱き合う。

 この映画の有名なラブシーン。これでトレンチが日本人に広く知られるようになった。もっとも当時はまだ「トレンチ」というより「しゃれたレインコート」と言われていたが。

 その後、トレンチが有名になってゆくのはフランスの犯罪映画、いわゆるフィルム・ノワールのなかで男たちが着たからだろう。『地下室のメロディ』(’62年)のジャン・ギャバン、『いぬ』(’63年)のジャン=ポール・ベルモンド、『サムライ』(’67年)のアラン・ドロンなど忘れ難い。

 特に『サムライ』の孤高の殺し屋アラン・ドロンは、ほとんどいつもソフト帽にトレンチ。いわば戦いの衣装になっている。

 フィルム・ノワールの特色は夜と雨にあるが、男たちは雨のなか、傘をさすことなくソフト帽にトレンチを着て戦いに挑んでゆく。まるでトレンチが雨を呼ぶようだ。 日本の俳優でトレンチが似合うのは高倉健しかいないだろう。トレンチは高倉健のように背が高くないと着こなせない。

 日本版フィルム・ノワール『地獄の掟に明日はない』(’66年)で敵に向かってゆく時、高倉健はトレンチを着た。ここでも雨が降った。雨に濡れてトレンチは引き締まった。文/川本三郎 (評論家)

男の冒険心を掻き立てる機能的トレンチ

第一次世界大戦の時代から行われるようにな った塹壕戦に対応するために、英国軍の要請によって開発された、その名もトレンチ(塹壕)コート。その代名詞といえるのが、コットンギャバジンを開発したバーバリーのものである。なかでもこちらの『ウエストミンスター』は、往年のシルエットやディテールを最も色濃く残した、クラシックモデル。体を包み込むようなゆったりしたシルエットに加え、スクエアな形状のガンフラップ、エポレット、ベルトのDリングなど、男が惚れるディテールがいっぱい詰まった、極限の一着なのだ。¥230,000(バーバリー・ジャパン)

着丈の長さと、シルエットが着る者に個性を与える

コート¥150,000(ヴァルカナイズ・ロンドン〈グレンフェル〉) ジャケット¥110,000(バーニーズ ニューヨーク カスタマーセンター〈ザ ジジ〉) ニット¥26,000〈ザノーネ〉・パンツ¥38,000〈インコテックス〉/以上スローウエアジャパン 靴¥320,000(ジョン ロブ ジャパン) グローブ¥22,000(ユナイテッドアローズ銀座店〈ユナイテッドアローズ〉)

 1960年代テイストの、ブラックトレンチも新鮮。格子柄のジャケットやブラックのスラックス、ホワイトのタートルネックニットを合わせれば、パリジャンの粋を感じさせる着こなしに。

コート¥140,000(エスディーアイ〈シーラップ〉) シャツ¥56,000・タイ¥29,000(キートン) ハット¥135,000(ボルサリーノ ジャパン)

 N.Y.の紳士のようにビジネススーツの上にトレンチをはおる、正攻法の着こなしも身につけておきたい。写真のように襟を半分立てたり、ベルトを縛るときに前身頃にもニュアンスをつけるといった、アレンジのテクニックが大切だ。

※価格はすべて税抜です。※価格は2016年冬号掲載時の情報です。

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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2016年冬号 男が生涯で手に入れるべき7枚のコート
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
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撮影/熊澤 透(人物)、戸田嘉昭・唐澤光也(静物/パイルドライバー) スタイリスト/村上忠正 ヘア&メーク/MASAYUK(I the VOICE) モデル/Cuba 構成/山下英介(本誌)