いいモノを見すぎて目が肥えたのか、それとも歳をとったということなのか、それとも若い頃に体育会系の編集部でしごかれすぎたからなのか……自分より年齢が下のヤツがつくったモノを見ると、どうしても脳内で先輩風を吹かせるようにケチをつけたくなっちゃいます。「この襟幅にこのパンツ、こいつわかってねーなー」とか、「うわ、こんなペラい生地使っちゃうの? 付属も安っぽいよお」とか。われながら器が小さいねえ。

 しかし何年か前にインターナショナルギャラリー ビームスで見つけた、ロンドンのニューブランド「ニコラス デイリー」には、唸らされました。すね丈のロング丈のコートとか、ドギュンとテーパードしたパンツとか、シルエットはものすごいダイナミックで若々しいのに、生地は超クラシックな本格派。

 スコットランドのツイードとか、アイルランドのリネンとか、どれもテーラーが使うようなどっしりした生地で、生産は英国ときた。新しいブランドに対してめっきり警戒心が強くなった41歳の僕も、これなら飛びつきますって。聞けばこのデザイナーさん、まだ1989年生まれのジャマイカ系イギリス人とのこと。

 しかもこのコレクション、セント・マーチンズの卒業制作なんだって! ほーう、服飾専門学校生の好きなブランドNO.1が「ZARA」になるというこの末法の世にも、こんな本格派の若手デザイナーがいるんだなあ・・・。

 そんな感じで密かに注目していたデザイナー、ニコラス・デイリーさんが日本に2回目の来日をするという。ちょっと話してみたいな。

NICHOLAS DALEY

1889年にジャマイカ人の父とスコットランド人の母のあいだに生まれる。2013年にロンドンの名門美大「セント・マーチンズ」を卒業。2015年にはミュージシャンのドン・レッツ氏をモデルに据えたコレクションで、鮮烈なデビューを飾る。現在世界中に取扱店を増やす、大注目のデザイナーだ。
1889年にジャマイカ人の父とスコットランド人の母のあいだに生まれる。2013年にロンドンの名門美大「セント・マーチンズ」を卒業。2015年にはミュージシャンのドン・レッツ氏をモデルに据えたコレクションで、鮮烈なデビューを飾る。現在世界中に取扱店を増やす、大注目のデザイナーだ。

 ビームスのプレスルームに、約束の時間よりも30分くらい遅れてきたニコラスさんは、汗をかきながらペコペコ謝っていました。その大胆なコレクションから、てっきりヨーメーンみたいなヤツを想像していたのだけど、なんだ、すごいいいヤツじゃん! そんな僕の印象をうけて、ニコラス氏の口調は「ですます調」でお届けします。

筆者はあまり英語が喋れないが、まるで日本人と話しているような錯覚に陥るほど、礼儀正しいナイスガイ!
筆者はあまり英語が喋れないが、まるで日本人と話しているような錯覚に陥るほど、礼儀正しいナイスガイ!

今回の来日の目的は?​

「実は今回が2回目の来日。去年来日したときは両親と一緒で、自分の時間がなかったんです。だから今回はビームスをはじめ全ての取扱店をまわったり、ヴィンテージショップを巡ってイメージソースを探したり、いろんな人に会いたいんですよね。あと京都にも行く予定です。実は今回、DJをやっている彼女(Throwing Shadeというニンジャ・チューンに在籍する方で、その界隈ではかなり有名な方なのだとか! プレスの方曰く、めっちゃお洒落)も一緒に来日しています。今夜はボノボというクラブでイベントを開くのですが、彼女にもまわしてもらうんですよ」

今はひとりでブランドをやっているの?

「ステファン・マンという有名なスタイリストに、カタログやプレゼンテーションのスタイリングをしてもらったり、ジョアンナ・コキアという編集者さんに、プレス活動を手伝ってもらったりと、友人の助けも借りていますが、ほぼひとりですね」

サヴィル・ロウでも働いていたの?

「セント・マーチンズにはインターンの制度があるのですが、そのときにサヴィル・ロウのテーラーで少しの期間働きました。テーラーというよりもカッターのアシスタントとして。やはり世界中が憧れる仕立ての聖地なので、働かない手はないですからね。生地などに関する知識はそこで得ましたね。同様にポール・スミスやナイジェル・ケーボンでもちょっと働きましたよ」

若い頃からトラディショナルに興味はあったの?

「いつからかは覚えていませんが、父が昔ジャマイカで靴職人をやっていたので、その影響は受けていると思います。母はスコットランド人なので、スコットランド製の生地を使っていますし、もちろん彼女の影響も強いです。あと高校時代はステューシーなどのストリートブランドで働いていたのが、今の自分の何でも受けいれられるスタイルにつながっているのかな? 僕のような家庭環境はロンドンでも普通とはいえないけれど、デザイナーの中にはそういう人も多いので、それを強みとして生かすようにしていますね」

ロンドンの若手デザイナーといえば「イースト」というイメージが強いけれど、
ニコラスさんもイースト在住?

「イーストは家賃が高いですから、今はロンドンの北西部に住んでいます。トルコ人や南アフリカ人、ジャマイカ人などが多い国際色豊かな場所で、この環境は自分の創作活動における大きな刺激になっていますね。ジャマイカ人が母国から持ち寄ったサブカルチャーやサウンドシステムなどは、英国の文化にも多大な影響を与えていますよ」

最近のロンドンのファッションシーンはどんな感じ?

「最近SNSが普及したことで、どこの国の文化もフラットになりがちですよね。ただロンドンの歴史の中にはパンクやスキンズとか、時代を象徴するファッションがたくさんあります。現代はそこまで大きなシーンをつくるのは難しいけれど、よーく見ていくと、小さなシーンでの盛り上がりはいろんなところで感じ取れますよ」

(ipadで動画を検索しながら)

「たとえばロンドン南部のコスモパイク(COSMO PYKE)というバンド。ジャジーでヴィンテージミックスなスタイルです」

おお〜! めちゃくちゃ格好いい。フレッドペリーのポロシャツ着てる‼

「あとはキング・クルー(KING KRULE)」
ナードで可愛い!ポパイ読んでそう!

「来年の秋冬コレクションのプレゼンテーションでは、ユセフ・カマール(YUSSEF KAMAAL)というアーティストに参加してもらいます。彼らの演奏に合わせてモデルが服を着ていくような。僕にとっては制約の多いランウェイよりも、こういった形でプレゼンテーションをつくっていくほうが刺激的なんですよね」

写真は「マドラス」をイメージソースにした、2017年SSコレクションのプレゼンテーション。シタールを奏でている女性が、ニコラスさんの彼女であるDJ、Throwing Shadeさんである。
写真は「マドラス」をイメージソースにした、2017年SSコレクションのプレゼンテーション。シタールを奏でている女性が、ニコラスさんの彼女であるDJ、Throwing Shadeさんである。

ニコラスさんの洋服も、彼らの音楽も、若々しいのに僕らオジさん世代にも響くマニアックでトラディショナルな要素があって、そこが魅力的なんだね。

「彼らのようなミュージシャンの存在は自分にとってもすごくいい刺激になるんです。昔のイギリスの音楽的な要素が、しっかり反映されていますから。それは自分にも共通するところで、インパクトはあるけれど、よく見ると細かいところに、自分のルーツが反映されているんですよ」

こちらはニコラスさんがつくった、2017年秋冬コレクションのイメージボード。これを見るだけでも、彼の豊かな文化的背景がうかがえる。
こちらはニコラスさんがつくった、2017年秋冬コレクションのイメージボード。これを見るだけでも、彼の豊かな文化的背景がうかがえる。

ビームスのプレスの方いわく、「ニコラス デイリー」の洋服は、意外と僕のような40〜50代の顧客が買っていくケースが多いとのこと。今まで若手のデザイナーがつくったモノに憧れるのがどうも癪だったのですが、彼と会ってそんな偏見を捨て去ることを決意しました。そもそも経験や知識と年齢とは正比例するもんじゃないし、そんなこと言ってたらこれから買うものがなくなっちゃうじゃん! というわけで最近の車内におけるヘビーローテーションは、「サチモス」と「ネバーヤングビーチ」です。うん、かっこいいものはかっこいい!

NICHOLAS DALEY
ニコラス・デイリー
この記事の執筆者
MEN'S Preciousファッションディレクター。幼少期からの洋服好き、雑誌好きが高じてファッション編集者の道へ。男性ファッション誌編集部員、フリーエディターを経て、現在は『MEN'S Precious』にてファッションディレクターを務める。趣味は買い物と昭和な喫茶店めぐり。