バルカラーコートを知っているだろうか。ステンカラーコートと言い換えれば、「ああ、あれね」と納得するはず。そのシンプルさゆえ、ついつい見逃してしまうアイテムだが、実はとても奥が深い一着なのだ。着る者の味を引き出す、「究極のベーシック」の魅力を解説する。
コートは映画の登場人物、特に男性のキャラクターを一目で観客に伝えることができるヴィジュアル言語として、脚本家や監督が最も工夫を凝らすコスチュームのひとつである。
着る者の味を引き出す、究極のベーシック
たとえばハンフリー・ボガートはだれもがトレンチコートとフェドーラ帽の姿を想像するだろう。ボギー(ボガートの愛称)、トレンチコート、そして彼がトレンチを着用した名画『カサブランカ』(’42年)はほとんど三位一体と言っても良い。
では、バルカラーのコート、かつて日本ではステンカラーコートと呼ばれ、アイビールックを信奉する団塊世代の男性に愛され、その後は役人やビジネスマンのほとんど制服とも化したシンプルコートは、映画史の中でどのような男たちのキャラクターづくりを助けたのか。
まず思い出したのは『ティファニーで朝食を』(’61年)でオードリー・ヘプバーンの相手役を演じた、ジョージ・ペパードだ。
売れない作家役のペパードがトレンチコートではなく、バルカラーのコートを着るのにはわけがある。作家は大衆感覚で言えばインテリの仕事と思われるからだ。
100年経っても色褪せない英国発のシンプルコート
映画が制作された’60年代初頭、すでに私立探偵や男らしさのイメージと強く結びつけられていたトレンチコートを、筆で勝負する作家に着せるわけにはいかないでしょう? バルカラーのコートには育ちのよさや知性、常識感を感じさせる「健全さ」が備わっているのだ。
鋭い映像作家たちはその後、その「健全さ」のイメージを逆手にとって利用するわけですね。
同じくヘプバーン主演の『シャレード』(’63年)ではケイリー・グラントがバルカラーのコート姿で登場する。
しかし粋で大金持ち風の彼の正体は、スパイもどきの大使館員。何度もピンチに陥るオードリーを命がけで救うのである。
スティーブ・マクイーンの『ブリット』(’68年)でコートのプレーシングはさらに進化する。
フォード・ムスタングを駆り、犯人逮捕のためならなんでもやる刑事役のマクイーンにあえて健全なバルカラーコートを着せ、対比の妙を見せるのだ。
そして決定版が1971年から13年も続いたテレビドラマ『刑事コロンボ』。
バルカラーといえばピーター・フォーク演じるコロンボ刑事のよれよれコートを思い浮かべるひとが多いのではないか。風采があがらない、その素になるバルカラーコートこそが犯人を油断させる最大のカモフラージュだったわけですよ。
シャツを厚手の布地で大きく仕立てただけのような、素朴で、飾り気のない外見。しかし、その裏には一癖も二癖もある知性と行動力の大人の男が潜んでいる──映画人たちが注目したバルカラーコートの「トリック効果」、どうです、なかなかのものでしょう?
※価格は税抜です。※価格は2016年冬号掲載時の情報です。
- TEXT :
- 林 信朗 服飾評論家
- BY :
- MEN'S Precious2016年冬号 男が生涯で手に入れるべき7枚のコートより
- クレジット :
- 撮影/熊澤 透(人物)、戸田嘉昭・唐澤光也(静物/パイルドライバー) スタイリスト/村上忠正 構成/山下英介(本誌)