クルマの世界にもトレンドがある。とくに最近は電気自動車をめぐる姿勢には、おおいに興味をひかれる。たとえば、本当に自動車メーカーはピュアEVしか作らなくなるのか。自動車界の巨人といわれる独フォルクスワーゲンは、自社でバッテリー工場を作る計画を発表。ラインナップのEV化に向かって大きく舵を切っている。
低コスト・小型のバッテリーを軸に生産を拡大
フォルクスワーゲン(VW)本社が、「パワーデイ」と名づけた、将来の電動化施策をオンラインで発表したのが、2021年3月15日。内容は、2030年までのVWグループのロードマップ(製造や販売を含めた経営方針)の提示である。驚いたのは、効率がよくリサイクル率も高いバッテリーを開発し、欧州だけで6にのぼる自社工場でそれを製造するという大がかりな計画を発表したことだ。
もちろん、世界中の自動車メーカーがいま、なんらかのかたちで電動化へ向けて進んでいる。2050年に欧州の気候を中立にするという包括的な目標を掲げた欧州委員会による一連の政策イニシアチブ「欧州グリーンディール」に対応するためだ。そのなかでも、フォルクスワーゲンの発表は競合他社よりはるかに包括的で、かつ、大胆。クルマ好きなら、知っておいて損はない、というほどの内容である。
ひとことでいうと、VWはピュアEVに本気なのである。2030年までにピュアEVの販売を現在の3倍にすると、2021年1月12日に発表。ハイブリッドなどを含めたいわゆる電動車は、28年までに70モデルを開発。10年で2200万台を販売していくという。25年の時点で、150万台のピュアEVを送り出すそうだ。
生産拡大の背景にはインフラの整備がある。エネルギー効率とともにリサイクル率も高いソリッドステートバッテリーを、VWでは開発。コストを下げるとともに、小型サイズを利用して、クルマの操縦性を引き上げるとも謳われる。
グループ企業間で、プラットフォームとドライブトレインを共用。ID.シリーズとは、たとえばアウディが3月に発表したばかりの「Q4 e-tron」が姉妹車の関係になり、シュコダやセアトといったブランドも続く。企業のサイズを利用しての、いわゆるスケールメリットを、VWは生存のための武器に使おうとしているのだ。
さらに、高性能ピュアEV用プラットフォームは、ポルシェ・タイカンと、アウディRS e-tron GTが共用する。パワフルで、かつ航続距離の長い、大きなバッテリーと大容量のインバーター(直流から交流へと変換するEVでとても重要なパーツ)を搭載できるプラットフォームなのだ。
すべてがEVに置き換わるわけではない
すでに「ID.3」と「ID.4」というピュアEV(バッテリーで電気モーターを駆動するモデル)を発売しているVW。25年には150万台の販売目標を掲げている。販売のためにVWが計画している施策もユニークだ。
たんにクルマを販売しておしまい、ではない。街に出たときは駐車場の予約を車内からオンラインでできたり、駐車して仕事をしているあいだにクリーニング店に頼んでおいた衣類を荷室に入れておいてもらえたり、といったことも出来るようになるとか。VWでは「自動車メーカーからサービスプロバイダーへと脱皮する」などと表現しているだけある。EVを中心とした新世代のプロダクトは、使うメリットが大きいことを販売の核にしているのだ。
ただし、VWとて、短期間にラインナップを100パーセント、ピュアEVにするとまでは言明していない。2020年のオンラインでの戦略発表時には、「世界に視野を拡げると、従来のようにエンジンを残しておかなければならない地域が存在するのは事実」としている。その見解はいまも変わっていないはず。
なにはともあれ、やみくもにEV化に突き進んでも、20年に問題が表面化したように、バッテリーや半導体の供給が予定どおり進まず、生産計画が停滞することもありうる。VWが自社バッテリー工場へと進むのは、予想される問題をできるだけ最小化するためである。ほかの企業も、がんばって、と言いたい。
- TEXT :
- 小川フミオ ライフスタイルジャーナリスト