新しくなったロールス・ロイス「ゴースト」は、全長5,545 mm×全幅2,000mm×全高1,570 mm。これでもノーマルボディの長さで、ロング・ボディの「ゴースト エクステンデッド」の全長は5,715 mmとなる。メルセデス・ベンツ「マイバッハSクラス」のロング・ボディですら全長が5,290mmだから、その長さはかなりのもの。
体を大きくひねることなく乗り降りできる前開きのリアドアを開け、リアシートに座ってみる。その居住空間の広さには、ビジネスクラス並みのゆとりが確保されている。このクルマの中でもっとも居心地のいい場所はここしかない、と確信。ショーファードリブンとしての存在感を瞬時に感じさせる広さと素材感の良さ、作り込みの緻密さ、そして仕立ての良さには感心させられるばかりだ。
間違いだらけ(!?)のロールス試乗
いつまでもここに座っていたいという欲求を振り切り、前開きドアを開いて斜め前方に向かって車外に出た。改めてその大きさに触れると、やはりステアリングを握ることに対して、少しばかりナーバスになってしまう。鍵を握りしめ、フロントドアを開けると、そこには、わずかにクリームが混じったようなレザーとウッドパネルが張り巡らされた華やかコクピットが目の前に広がる。このとき、“巨匠”と呼ばれた日本一有名な自動車評論家が、生前語っていた言葉を思いだした。
「ロールスに乗るならジーパンはいかん。レザーのパンツも良くない。やっぱりツイードかシルクが似合う」
確かに、ジーンズなど金具の付いたボトムスでは、上質なレザーに傷を付ける可能性がある。さらにインディゴの染料がレザーに色移りする恐れもあり、ロールス・ロイスの室内の雰囲気を興ざめさせるとも言っていた。そもそもどんなに時代が変わろうとも、カジュアルな装いで乗るべきではないという考え方もあったのだろう。つまり、「ロールスは着る服を合わせるべき」乗り物なのだ。
にもかかわらず、ジーンズをはいてきてしまった筆者……。心の中で巨匠に詫びを入れながら、エンジンをスタートさせる。ファントムやカリナンと同じ6.75LのV型12気筒エンジンが驚くほど静かに目覚めた。ツインターボで最高出力571馬力、最大トルク850N・mというエンジンの目覚めとしては、なんとも拍子抜けするほど静かだ。スペックだけを見れば相当に凶暴なはずだが、そんな素振りは微塵もない。
運転手がストレスなく操れる設計
ステアリングから生えている、細いシフトレーバーをドライブに入れると、わずかにシフトショックを感じた。本当に何から何までお淑やかな操作感である。アクセルペダルをほんのわずか踏み込むと、静々と、まさにエレガントな淑女の所作のように穏やかに加速する。エンジン音も走行音もほとんど聞こえない。100kgもの遮音材を使用しているという静かさがキャビンを支配している。そして571馬力というパワーを、速さや爆音という形で誇示するのではなく、シームレスで静かな加速で表現していることが、極上とも言われる乗り味の秘密だと改めて納得させられる。
実は、走り出す前まではボディが大きなこともあり、少しばかり気遣いが必要だと覚悟していたが、走り出した途端に大きさをあまり感じなくなった。これはベントレーでも感じたことだが、動き出すと小さく感じてストレスがなくなる。もちろん、狭い道路に入るとそれなりに気は遣うが、見切りが良く運転がしやすいのだ。
考えてみれば、これも当然のことだろう。このクルマをショーファードリブンとした場合、ドライバーが見切りの悪さにストレスを感じているようではいけない。運転のしやすさはロールス・ロイスが追求する重要な性能なのだ。
「魔法のじゅうたん」と形容される、ロールス・ロイス伝統の極上の乗り心地は、より洗練を極めていた。シフォンケーキのようにふんわりとした、サスペンションの味つけによって、路面からの衝撃は吸収されていく。そして前後や左右への揺れはすぐに収まり、常にフラットであろうとする。交差点を曲がるときも、その極上のフラット感は保たれたまま、しとやかに抜けていく。
威圧的で乱暴な運転など似合わないし、しようとも思わない。気品が漂う走りを感じながら走っているうちに「後ろに座っているのと、前でステアリングを握るのと、どちらが幸福だろう?」と、考えた。
正解は「両方」だ。ウィークデイは運転手に任せ、ウィークエンドにハンドルを握る。実際、そんな使い方をする若いロールスオーナーは増えていて、新型「ゴースト」は、従来以上にパーソナルカーとして楽しめる素養を高めているという。
使い方は自由だ。ただし、ジーンズだけはやめておこう(自戒を込めて)。
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- TEXT :
- 佐藤篤司 自動車ライター