もうひとつの“ウエスト・サイド・ストーリー”

映画『イン・ザ・ハイツ』_1(c)2020 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
映画『イン・ザ・ハイツ』(c)2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

『イン・ザ・ハイツ』(In The Heights)の舞台は、名作ミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』(West Side Story)の舞台となったマンハッタンの西60丁目あたりから北に、ストリート数にして100を超えて行ったあたり。ワシントン・ハイツと呼ばれる地域で、『ウエスト・サイド・ストーリー』に出てくるプエルトリコ出身者をはじめ、キューバやドミニカなどカリブ海の島々をルーツに持つ人々のコミュニティがある。そこには出自の違う若者同士の抗争はないが、住民が制度の上でも人間関係においても抑圧され続けているのは『ウエスト・サイド・ストーリー』の時代と変わらない。そんなコミュニティで暮らす生命力に満ちた人々の、世代を超えた心温まる物語が『イン・ザ・ハイツ』だ。

リン=マニュエル・ミランダの出世作

『イン・ザ・ハイツ』の作者(原案/楽曲)リン=マニュエル・ミランダについては、21世紀最大のヒット・ミュージカル『ハミルトン』の舞台映像化の記事(チケット入手困難だった大ヒット作『ハミルトン』を字幕付きで存分に観る)でも少し触れたが、ニューヨーク生まれで、両親はプエルトリコからの移民。十代までは、年にひと月はプエルトリコの祖父母の元で過ごす習慣だったという。そうやって育まれたカリブ海に対するルーツの意識が『イン・ザ・ハイツ』を生んだのだろう。

ブロードウェイ版『イン・ザ・ハイツ』@リチャード・ロジャーズ劇場/筆者撮影

舞台版は2005年のコネティカットでの試演を経て、2007年2月にオフ・ブロードウェイに登場。始まってすぐに観たが、サルサ+ラップ/ヒップホップという音楽の新しさと、どこか懐かしいような温かいストーリーとの融合が魅力的だった。とはいえ、例えばドラマ・デスク賞では振付賞とアンサンブル・パフォーマンス賞の受賞に留まったので、翌年ブロードウェイに進出した時には驚いた。が、評判はみるみる高まり、最終的にはトニー賞で、ミュージカル作品賞、楽曲賞、振付賞、編曲賞を受賞。翌年、ピュリッツァー賞の最終候補にも挙がり、無名だったリン=マニュエル・ミランダの文字通りの出世作となった。

映画版『イン・ザ・ハイツ』の見どころ

映画『イン・ザ・ハイツ』(c)2020 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
映画『イン・ザ・ハイツ』(c)2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

そのリン=マニュエル・ミランダが、プロデューサーとしてだけでなく、本筋とは関わりはないが目立つ脇役(!)としても参加している映画版。特徴は、舞台版の心温まるドラマはそのままに、映像ならではの魅力を加味してショウ場面の躍動感を増しているところにある。近年のミュージカル映画の例に漏れず、ショウ場面のカット割りは多いが、それが気にならないと言うか、むしろ効果的に思わせるセンスのよさがあり、ワクワクさせてくれる。ファンタジックな表現や大人数のダンスも生きている。このあたりは、監督ジョン・M・チュウ(『クレイジー・リッチ!』)と、そのスタッフの手柄だろう。振付は舞台版のアンディ・ブランケンビューラーからクリストファー・スコットに交替。脚本は舞台版同様キアラ・アレグリア・ヒューディズ。

主人公ウスナビを演じるのは『ハミルトン』でハミルトンの息子を演じたアンソニー・ラモス。2人の新鮮なヒロインはレスリー・グレースとメリッサ・バレラ。ウスナビの敬愛する老女アブエラは舞台版『イン・ザ・ハイツ』でトニー賞候補になったオルガ・メレディスがそのまま演じている。『レント』(Rent)のオリジナル・キャスト、ダフネ・ルービン=ヴェガが活躍するのもミュージカル好きにはうれしいところ。あと、『ヘイディズタウン』(Hadestown)のパトリック・ペイジや、『ケイプマン』(The Capeman)の(と言うか有名歌手の)マーク・アンソニーが意外なところで顔を出す。もうひとりの主人公とも言うべきベニーを舞台版で演じたクリストファー・ジャクソンもミランダに疎まれる憎まれ役で登場。お楽しみに。

 

映画『イン・ザ・ハイツ』はワーナー・ブラザース映画配給で7月30日から全国ロードショー予定。詳しくは公式サイトをご覧ください。

イン・ザ・ハイツのサイトへ

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この記事の執筆者
ブロードウェイの劇場通いを始めて30年超。たまにウェスト・エンドへも。国内では宝塚歌劇、歌舞伎、文楽を楽しむ。 ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」(https://misoppa.wordpress.com/)公開中。 ERIS 音楽は一生かけて楽しもう(http://erismedia.jp/) で連載中。
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」