エドアルド・ジャルディーニさんは、32歳の好青年である。ミラノに生まれ育ち今もなお同じ建物の中に暮らしている。祖父が建てた建物だという。窓から広い通りがまっすぐに延び、背後には市民公園の緑が広がる。
1800年代から続く家業のテキスタイルメーカーの営業ディレクターを務めつつ、同時に3年前から自分の名前を冠した手縫いの靴のブランドを運営している。このふたつの仕事のために、2019年までは、一年間に平均100回のフライトをこなしていた。2020年、この移動は妨げられた。
橙色と赤の配色が鮮やかな玄関を抜けると広々とした居間に出る。壁にも床にも優れた絵画や彫刻が所狭しと配置されている。美術コレクターでもある父親から譲り受けた作品の数々だという。やはり親譲りの大量の書物、アンティークの家具、その上に置かれた多彩な銀の器や小さな動物。
本人は写真を収集している。たった今ヘルムート・ニュートンの写真をオークションで落としたばかり、とエドアルドさんは満面の笑みを見せる。床には写真関連の書物が1m四方の山をなしている。一段と大きな書物はアラキ。その一点以外、所蔵品の大方は年代物である。
祖父や父親からの教えに感謝し、守る価値観
ジャルディーニさんは服装にも身のこなしにも一分の隙もない。祖父や両親からのしつけの賜物なのだという。それを彼らに感謝しているとも。
「祖父から伝統を受け継ぎ、両親から規律と作法を学びました。ベルリンの壁が落ちて以降、世の中は過剰なデモクラシーのなかに落ち込んでしまった。こういう時世のなかで、自分は伝統や規律のなかに生まれ育つことができたことを幸せに思っています」
頻繁に口をついて出る単語は「祖父」。毎日使う髭剃り用の石鹼なら、ロンドンのボンドストリートのグレープフルーツの香り入りの一品。それをミラノのロレンツィ製の柄がカモシカの角のブラシで泡立てて使う。これも祖父から教わった。13歳から続く習慣のひとつだ。朝食に半分に切ったグレープフルーツをスプーンで掬すくって口に運ぶたびに祖父の姿が蘇るのだと。 保育園から高校までミラノにある英国系の学校に通った後、同じミラノにあるボッコーニ大学に進んでマネージメントを学んだ。友人も含めて、暮らしの基本の環境は、ミラノにある。
数々の小物選びは、伝統や規律のなかで育った一貫した視点
ミラノにいれば、お昼はラッテリアに出かけていく。アペリティフはブレラ地区の「ジャマイカ」で、あるいは「ノンブラデヴィン」で。そこのクリスティアンとは10歳のときからの顔なじみである。魚が食べたいと思えばチョヴァッソ通りにある「コンソラーレ」に行く。アルピニズムやスキーにプロ級の腕をもつ彼が週末を過ごすのはいつもサンモリッツだ。なじみの場所以外に出かけることは稀なのである。それは服装についても同様である。
仕事のアイディアとくつろぎの余暇に
ブレザーは14歳のときから濃紺のみ。キリスト教徒にとって重要な儀式のひとつ、コムニオーネでもやはりネイビーのスーツを着た。彼の濃紺との歴史は長い。パンツもシャツも祖父の代から同じ仕立て屋に仕立てを依頼する。ネクタイも祖父の習慣に沿ってナポリで仕立ててもらう。彼の指針はあくまで伝統である。単純に新しいものには惹かれないのだ。
その一方で彼は一年間に平均100回の出張に出かけるような旅の連続の日常にある。ツータックの動きやすいパンツや、会議場にも出張後のサンモリッツでの週末にも役立つコートを好んで着用する。家業のテキスタイルメーカーの世界各国に散らばる顧客との交渉が仕事である。
ラルフ ローレン、ディオール、その他世界の主要なファッションメゾンが、彼の顧客なのである。20代の頃からジョンロブその他でマネージメントの修業もしてきた。友人のボナコルシと一緒にミラノにバールを構築するという事業にも成功した。
「広い視野で世界を見ることを忘れてはならないと思う。各地の様式や習慣や文化が世界観に豊かなヒントを与えてくれるからです。異質の存在について容易に理解し、受け容れる態度が育つと思うのです」
ミラノの自宅に溢れた各種のオブジェと傑作のアート
このようにジャルディーニさんの職業上の暮らしは旅を通じて最大限に外部に向けて開かれている。そしてミラノに戻るや、門戸を閉じてなじみの場所でなじみの人々に出会うのである。
頻繁な移動によって接触する多種の異質な文化要素に自在に適応することによるストレスを、ミラノに戻るや、幼いときから継続して彼を包み込む、よく慣れた伝統的な環境に身を鎮めることで解消し、本来の自分を取り戻す。
彼の日常が内包するこの伝統的な暮らしの質こそが、彼が、ものをそして行為を選択するときの基準にほかならないということだろう。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
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- PHOTO :
- 天江尚之
- DIRECTION :
- 矢島みゆき