平和な時代を生きる私たちにとっては、お洒落でどこか牧歌的なイメージを感じさせるダッフルコート。しかしもともとそれは、北欧の漁師や英国海軍の将校といった、極限の状況下で生きる男のための道具であった。そんなふたつの顔を持つこのコートの奥深き表情を、演出家の河毛俊作氏が解き明かしつつ、洒脱な着こなし例もご紹介しよう。
遠い昔の話、僕がファッションに興味を持ちはじめたとき、最初に買ったコートはVANのダッフルコートだった。それ以来ずっとダッフルコートが好きだ。現在は4着のダッフルを所有している。いちばん古いものは1980年代後半のエルメス製で、カシミアウールの一枚仕立てで色は濃紺、かなり着丈は長くゆったりとしたつくりだ。いちばん最近のものは2年ほど前のサンローラン製で色はキャメル、毛布のような分厚いザラッとしたウール地で、サイズ感はややタイトなもののモードブランドの品とは思えない重量感とワイルドな味がある。ディテールもオリジナルに忠実だ。エディ・スリマンのクラシックに対するリスペクトが感じられる一着である。
そのルーツはミリタリーアイテムにあった
実はエディがディオール時代につくったダッフルも持っているが、こちらは手触りのよいウール地で色は黒、随所にモード的なアレンジが施されている。最近作のほうが武骨でクラシックである点が興味深い。多分、ダッフルコートのデザインは英国海軍の防寒着であったものをオリジナルと考えると、その時点で極めて完成されたものだったということだ。そしてエディ・スリマンも僕と同じようにダッフルが好きなんだろうなあと勝手に思っている。ダッフルはいわゆる軍モノと呼ばれる服の中で老若男女を問わず、万人に愛されている。フード、麻縄のループ、トグルなどのディテールが醸し出す愛嬌が愛される所以であろうが、かつてダッフルは英国海軍の兵士たちにとって極寒の海で戦うためにどうしても必要な道具だった。僕が少年が大人になる時期に読むべき本の一冊であると信じている海洋冒険小説の傑作『女王陛下のユリシーズ号』(アリステア・マクリーン著)を読むと零下20度の風が吹きすさび、5分間の皮膚露出が凍傷を意味した大しけの北極海で、ダッフルコートが寒さから身を守る最後の盾としていかに重要なものだったかがよくわかる。
ダッフルコートは実に汎用性が高くフランネルのスーツなどはもちろん、タキシードの上にはおっても素敵だ。そのルーツを考えても少しゆったりとしたサイズを選んだほうがよいと僕は思っている。
寒い寒い夜にダッフルコートのフードをすっぽりとかぶって歩いていると、どこからか海の音が聞こえるような気がする。もしかしたら、ダッフルコートは、あんなに過酷だった北極海を懐かしんでいるのだろうか……そんなときは同じく『女王陛下のユリシーズ号』に登場して、男たちを体の中から暖めたシングルモルト・ウイスキー『タリスカー』が飲みたくなる。 僕にとってダッフルは幻の海を感じさせる特別なコートである。
(文/河毛俊作 (演出家))
ダッフルコートの活用術
高級感と洒落た発色が、1980年代のフランスで一大ブームになったヘリンボーン織りのダッフル。いわゆる軍モノとしての高い実用性が本場英国で支持された、メルトン製のダッフル。ダッフルコートの着こなしは、その2大テイストを理解することが肝心だ。
英国アウターをパリの洒脱なカラーセンスで着こなして
メルトンならではの重厚感を英国調ツイードスーツで受け止めて
※価格はすべて税抜きです。※価格は2016年冬号掲載時の情報です。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2016年冬号 男が生涯で手に入れるべき7枚のコート
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- クレジット :
- 撮影/熊澤 透(人物)、戸田嘉昭・唐澤光也(静物/パイルドライバー) スタイリスト/村上忠正 構成/山下英介(本誌)