アイルランドの厳寒のもとで生まれたアルスターコートはアメリカに渡り、いつからかポロ観戦用の優雅なアウター、ポロコートになった。圧倒的な威厳と華やぎに臆してしまいがちだが、その魅力は着込んで味わいが出てからが本領。ならば今のうちに手に入れて、コートとともに育っていけばよいではないか。
アカミネ、そろそろこんなコートを仕立てたらどうだ?」そう言って、キャメルのポロコートを見せてくれたのは、フィレンツェの名サルト、アントニオ・リベラーノでした。場所は彼の仕事場で、私が50歳を超えた頃です。私は「ようやく、そんな歳になったか……」と思い、採寸をお願いしました。
POLO COAT ポロ コート
防寒性重視でつくられた野外用コートがルーツ
そのコートができ上がって20年経ちますが、今でも着用頻度が多い。というのも、人一倍寒がりなので、まず暖かい点が気に入っています。ポロコートはそもそも北国、アイルランドのアルスター地方で生まれました。保温性を高めるため、ダブルブレストやそで口の折り返し、背中のプリーツなど、生地を重ねるパーツを多く取ったデザインが特徴で、アルスターコートと呼ばれていました。英国では旅行やスポーツ観戦など、余暇の野外着として広まります。その様子を見たアメリカ人がポロコートの名で売り出したことから、この名称でも呼ばれています。「暖冬の現代に、重くて、厚くて、ゆったりしたコートはどうも……」という人もいますが、私はその点も気に入っています。特に背中のシェイプからすそにかけて広がるドレープに色気があり、男の立ち姿をより存在感あるものにしてくれます。
私がポロコートに憧れを感じたのは1950年代、中学生の頃でした。当時、テレビはまだ街頭テレビの時代で、娯楽の中心は映画でした。洋画スターの着こなしが格好よく、映画雑誌の写真を切り抜いてスクラップブックに貼り、写真集をつくって飽きもせずに眺めていました。その中でデビッド・ニーブンがポロコートを着こなす姿を見て、子供心に「このコートは格好いいけど、着る人も少し禿げ上がって、シワがあるくらいでないと似合わないな」と思ったものです。
40歳を超え、ロンドンに足繁く通うようになると、仕事の合間はハイドパークで散策を楽しみました。ある日、ポロコートを着て犬の散歩をしている紳士とすれ違うと、紳士はタートルセーターとジーンズを合わせていました。もともとフォーマルよりフィールドが似合うコートなので「こういう着こなしもありだな」と思いつつ、自分にはまだ早いと感じて購入を先送りにしました。
リベラーノが見せてくれたキャメルのポロコートは裏地のお直しで持ち込まれたものでした。オーナーは80歳ぐらいの建築家で、30年ほど着込んでいるそうです。リベラーノから「アカミネ、見てみろよ。着込んでキャメルの毛がところどころ剥げている。これが味なのだ」と言われると、急にほしくなりました。それから20年経った今、ようやく「着頃」になってきました。
私は財形や保険の生涯プランには無頓着でしたが、コートは年齢とともに買い足し、結果的に、生涯プランでつきあってきたことになります。そんなコートとの出合いも、着こなしの味なのです。
※価格は税抜です。※価格は2016年冬号掲載時の情報です。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2016年冬号 男が生涯で手に入れるべき7枚のコート
Faceboook へのリンク
Twitter へのリンク
- クレジット :
- 撮影/戸田嘉昭・唐澤光也(静物/パイルドライバー) スタイリスト/村上忠正 構成/山下英介(本誌)