ブランディングディレクターとして活躍中の行方ひさこさんに、日本各地で出会った趣のある品や、その作り手たちをご紹介いただく連載企画「行方ひさこの合縁奇縁」。第3回目の今回は、宮内庁御用達として技術を磨いてきた辻精磁社の磁器です。
研鑽を積み重ねて、今なお「美しさ」を追求し続ける辻精磁社
白磁発祥の地有田において卓越した技術を持つ辻家は、有田焼405年の歴史を牽引してきたと言っても過言ではない特別な存在です。1668年、三代喜右衛門が納めた器が霊元天皇に賞賛されたことを転機に、辻精磁社は公の窯元として歩みを始めます。さらに明治以降も宮内庁御用達として作品を納めてきた「辻精磁社」の、悠久の時の中で作り出される気品あふれる美しい作品たちと、その背景に迫ります。
「禁裏御用窯元」辻精磁社とは
日本初の、そして唯一の「禁裏御用窯元」として、長年に渡り宮中に磁器食器を納めてきた辻精磁社。この「禁裏御用窯元」の禁裏とは、みだりにその中に入ることを禁じるという意味で、「宮中、御所、禁中、内裏」を表します。たとえ徳川家といえど勝手に入ることが許されなかった聖域のことです。
辻家の製品は、明治までは皇室御用品のみを作っていたため、流通に乗るような作品はほとんどありませんでした。宮中からの年に1度の大量発注があったそうですが、その大半は食器でした。ごく少量のみ、ご下賜品として従業員などには渡っていたようですが、もちろん一般的には入手が難しいので愛陶家の間ではとても珍重されていたそうです。
時代を追うごとに宮内庁御用達レベルの窯が増え他社が参入しはじめ、そこから少しずつ自社の作品を創るようになっていったのです。
辻精磁社は大通りから少し奥まった小道に、トンバイ堀で囲われて佇んでいます。トンバイ塀とは、登り窯を築くために用いた耐火レンガ(トンバイ)の廃材や使い捨ての窯道具、陶片を赤土で塗り固め作った塀のことです。当時は技術が外に漏れないように、窯の敷地をトンバイ塀で囲んでいたのです。
門には、「宮内庁御用達」の看板が。あたり一帯が厳かでどっしりとした雰囲気に包まれています。
白への憧れ
『「美」は心で生まれるもの。「品」は公に育まれてきた伝統。』
サイトの冒頭にある言葉にグッと引き込まれます。昔も今も変わらず、まっすぐに真の美しさを追求し続けている辻精磁社は、伊達藩が美しい器を求めて有田をまわった際に見出され、持ち帰り宮中に献上したところ認められ、今に至ります。
かつての日本において「公」とは皇室のことを意味し、人びとは皇室の価値観に基づいて、ものごとを判断していました。「公」と共に歩んできた辻精磁社の歴史は、その名前に恥じないようにと努力と試行錯誤を積み重ねてきた時間、そのものです。
日本人は白への憧れが強かったと言います。食器だけでなく食品にも言えることですが、白い方がより高貴、高級だという思想があったようです。白を追い求めて、磁土を白くする技術も磨かれていきました。現在、有田焼の原料の陶石の多くは、かつての泉山のものではなく、より白い天草のものを使用しています。
清らかで艶めいた白と澄んだ青の秘密
澄んだ「青」を表現するための染料には、天然の呉須(ごす)を混ぜた顔料を使います。粒子が細かくなるように日々摺り重ねてから描いていきます。
淡い青が重なって表現される美しい青の濃淡ですが、これらを表現するには筆の技術がかなりポイントに。青を重ねていく程に透明感のある透き通った青になるには、卓越した技術だけでなく大変な手間も必要だそうです。
もちろん、この「青」が映えるには、ベースの白との相性が求められますが、焼き方にも重要な秘密があります。清らかな肌目の美しさは、この写真でもお分かりいただけると思いますが、これは「極真焼」という手法で丁寧に創られたものです。
「極真焼」は、文化八年、八代当主喜平次により発明された辻家秘伝の製法です。当時、そこまで著しく発展をしていなかった焼成技術の中でも、一層素晴らしい作品を皇室に献上するために、あらゆる技術を駆使して創り出されました。
製品と同質の磁土で匣鉢(さや)を作り、蓋との接触部分と内部全面に釉薬を十分に施して焼成することで匣鉢内の真空状態を作ります。内側のガスの浸透・拡散を完全に遮断することで、チリ一つ寄せつかない滑らかな肌の光沢と深い青の発色の製品が出来上がるのです。
真の美しさを追い求めて
「先代が創った逸品よりも、質を落とさないものを創り続けなくてはならないですよね。もちろん、より技術を上げていきたいと思っていますけど。」と、16代浩喜さん。途中どんなに脱線しても、目標が定まっているのがありがたいと話してくれました。
工房の棚の上に所狭しと積まれている白地に黒く絵柄だけが描かれているものは、絵付けの見本です。先代たちが創り上げてきた過去の作品を再度製作する際に、この見本の上から写しを取るのです。
目指すのは、納得のいく真の美しさを伝え残していくこと。
「昔の人は日常的に筆を使っていたことを考えると、現在の生活ではなかなか使うこともないですよね。最先端の技術を借りて、やっと先祖の作品と対等にできているのだと思うのです。このことを忘れず、常に技を磨いていかなくてはいけないですね。」
自分にとって「美しい」とはどんなことか。「逸品」とはどんなものなのか。そして、自分の暮らしの中のその「逸品」とどう付き合っていきたいのか。「美しい逸品」ほど、共に過ごすに連れて五感を刺激してくれることでしょう。美しいものと付き合うことは、自分を深化させてくれることなのではないでしょうか。
他の有田焼の窯元さんや作家さんたちに聞くと、「辻さんのところは別格。」と口を揃えて言います。時は流れ、時代や流行が変わっても、変わらず美しいもの。辻精磁社は、この先も自分たちの過去と競いながら高みを目指し続けていくのでしょう。
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- TEXT :
- 行方ひさこ ブランディングディレクター
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- WRITING :
- 行方ひさこ