『007』シリーズ最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』が、2021年10月に劇場公開され大きな話題を呼んだ。主人公は英国秘密情報部所属のスパイ、ジェームズ・ボンド。タフで男らしく、ユーモアがあり、スリルを楽しみ、周囲への気遣いもできる男だ。ボンドが貫く、モダン・ジェントルマンに欠かせない男の流儀を、メンズプレシャス流のスタイルでお見せしよう。
世界一かっこいいスパイがもしも現代の東京に存在したら?ジェームズ・ボンドの1週間を追う
月曜日|困難な状況を前にしても絶対に弱音を吐かない男
「月曜の朝はつらいよな」と、昨日ホテルですれ違った男たちが話していた。服装と荷物からして、ゴルフ帰りなのは明らかだった。充実した休日を過ごしたことに対する言い訳なのか(いったい誰に!?)。あるいは加齢で代謝機能が衰えてきたことへの自嘲めいた感傷か……。
「あの男」なら、絶対にそんなセリフは吐かない。前夜にバーでヴェスパー・マティーニを続けざまに飲み、そこで出会った謎めいた女性と朝まで駆け引きしておきながら、まるで何ごともなかったかのように困難な任務を遂行する男。そんな姿を見た周りの人々――実の親のように口うるさい上司も、皮肉めいた笑顔で出迎える秘書も、妙な小道具を作っておいて壊すと文句を言う研究開発主任も、みんな彼を心の中で尊敬している。決して弱音を吐かない強靭な肉体と精神に。
そんなことを考えているうちに、月曜朝一番の“任務”の時間が近づいてきた。どんな内容かは秘密だ。昨日までの甘い記憶をベッドの花束に封じ込め、出発しよう。これから始まる戦いは険しく、正直いって勝てる見込みはないが、泣き言はいっさいなしだ。
火曜日|努力している姿を決して見せない男
月曜の“任務”は惨敗だった。まあいい。挽回する計画はすでに練ってあるし、「あの男」だってしょっちゅう敵に捕まっているじゃないか。次の機会に備え、俺は早朝の東京を駆けだした。走って走って、走り抜く。仕上げは目がくらむような長い階段。腿に心地よい痛みを感じながら、思春期の苦い体験を思い出す。運動部顧問の非科学的な指導にキレた俺は、無限に続くうさぎ跳びを放り出したのだ。当然ただではすまず、夢を失った俺は“一度死んだも同然”になったが、おかげでこの年になっても膝は健康そのものだ。
体は常に鍛えているが、同じくらいケアも欠かさない。水曜日は久しぶりに馴染みの銭湯へ向かった。過去の任務で負った古傷を癒すために通い出したのだが、目的はほかにもある。湯船に首まで浸かっていると、いつのまにか背中合わせに大柄な老人がいた。俺の任務に欠かせない情報屋だ。彼は俳優の丹波哲郎に姿が似ていて、移動には必ず丸ノ内線を使うという……。
有益な情報を得た俺は、男に礼を言って風呂を出た。周囲に不審な人影がいないことを確かめながら。
水曜日|完璧な男であるために必要な装いとスキンケア
木曜日|リモート会議に世界征服のユーモアを持ち込む男
木曜日は以前から任務で交渉中の相手と、何度目かのリモート会議に臨んだ。任務を果たす期限は迫っているが、いまだに対面できず、しかも相手は画面に首から下しか映さない。そして、いつも白い猫ちゃんを抱きかかえている。一風変わった男だ。
「やあ、部長」と、男は言った。その肩書きが俺の仮の姿だと知ったうえで動揺させるつもりだろうが、こっちも負けてはいない。秘密兵器の出番だ。昨日の銭湯で情報屋から、画面の向こうにいる男が、密かに世界各地で支店作りを計画している情報をつかんだ。そしてガジェット作りを得意とする仕事仲間に、その男の世界制覇の企みをあざ笑うかのような地図を徹夜で製作してもらい、背景に設置したのだ。
「おもしろいね、君は。特に猫の写真がいい。気に入ったよ」
余裕溢れる口ぶりとは裏腹に、情報が漏れたことに焦っているのは明らかだった。おかげで交渉は今までにないほど有利に進んだ。どんなに困難な状況に陥ってもユーモアを忘れないことが、ピンチをチャンスに変えるのだ。
金曜日|ビジネスにも最適な秘密兵器を駆使してスリルを楽しむ男
金曜日、事態が大きく動いた。俺が属する組織の本部と各地の支部を結ぶオンラインネットワークが、サーバーの異常でシャットダウンしたのだ。間が悪いことに複数の任務のうちのひとつが、今日の午前中で期限を迎える。本来はリモート会議で解決する事案だったが、もはや一刻の猶予もない。俺はとっさに本部から自転車を持ち出し、アポイントを入れていた複数の相手の元を訪ねた。クルマの使用も考えたが、出先で駐車場を探している余裕はない。日頃から愛用し、もはや体の一部となっていたカーボンバイクにまたがり、東京の道を駆け抜けた。
なんとか昼までにすべての決済を取り付け、俺は本部に向かった。急な予定の変更でほかの任務に支障をきたしたため、帳尻合わせに苦労するはめになった。すべてが片付いた頃には、とうに日が暮れていた。心も肉体も酷使したが、不思議なほど疲れは感じない。むしろ不意のピンチをぎりぎりで切り抜けたことにスリルを楽しむ自分がいた。そして深夜、俺は秘密のガレージに向かう。大きな足音を立てずにすむラバーソールの靴を履いて……。
土曜日|アストンマーティンに花束を添えて走る男
俺には誰にも知られていない隠れ家がある。趣味のクルマを複数保管するためのガレージハウスだ。秘密にしているのは職業柄なのと、自分の手の内を明かしたくない性向ゆえ。男はミステリアスな存在であるべきなのだ。
土曜の朝、ガレージからスポーツカーを出し、郊外のサーキットへ向かう。一般向けの走行会に参加し、車両制御の感覚を養う。大切な人を乗せたときに心から安心してもらえるテクニックとマナーは、物理特性の限界を知ることで身につけられるのだ。夕方、東京に戻ってから、クルマを“アストンマーティン”に乗り替えた。「あの男」が乗るのは2ドアクーペだが、俺が選んだのはSUVの『DBX』。都会のあらゆるシーンに合わせられる懐の深さがあり、同乗者も快適。それでいて圧倒的なスポーツ性能も兼ね備えているところが、このブランドらしい。
フラワーショップで花束を買い、ある人を出迎えに行く。人物像は、助手席に置いたフレグランスやブランケットから想像してほしい。それから日曜の夜までは、実に楽しい時間だった。
締めは、ごく少数を招いて開催されるパーティ。実はこれも重要な任務なのだが、翌日も無事に朝を迎えたことは、冒頭でおわかりかと思うが、この特集は1週間の出来事がひとつの輪になっている。新しい物語は、また次の機会に。
日曜日|男の使命を優しさで包み長く、危険で優雅な夜を味わい尽くせ
最後にひとつ打ち明けよう。
俺の名は、ボンド。「あの男」の分身にして、すべての男性が目指すべき、モダン・ジェントルマンの理想形なり。
※価格はすべて税込です。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2021年秋冬号
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- EDIT&WRITING :
- 櫻井 香、安部 毅(MEN'S Precious)
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- 新田晃代