2010年代半ばあたりから、イタリア有数の生地ブランドが独自のプロモーションを発信し、クラシックなメンズのファッションシーンに刺激を与えている。イタリアやイギリス、フランスの一流仕立て服店とのイベントから、デザイナーズブランドとのコラボレーションも目立つ。
まず、仕掛けたのは“ヴィターレ・バルべリス・カノニコ”。1663年に創業したイタリア最古の生地ブランドである。第84回ピッティ・ウォモの出展を機に、フィレンツェ随一のサルトリア「リヴェラーノ&リヴェラーノ」でイベントを開き、各国のバイヤーやメンズファッション誌のエディターによく知られることとなった。創業1973年、イタリア・ビエラに本拠を構えるファインウールの優良生地ブランドの“ドラゴ”は、その動きに追随するかのごとく、大々的なプロモーションの場に東京を選んだ。持ち前の多彩な極上ファインウールを披露した。
ブランド独自のプロモーションは今でも引き続き、シーズンの立ち上がりを中心に展開されているが、そもそも、生地メーカーのそういった狙いは、なんだろうか。創業以来一貫して生地のみを作り続けてきたメーカーにとって、トレンドを生み出す人気ブランドへの供給は生命線。近年、ファッションアイテムの多様化によって、ウールをはじめとするクラシックな生地の供給は、黙っていれば減少は免れない。その事態への布石を打つばかりではないだろうが、趣向を凝らしたプロモーションで天然素材を使った服地の持ち味を再発見させる狙いのようだ。
名門生地ブランド“ラニフィチオ・フラテッリ・チェルッティ”とは
先ごろ、東京で開かれた今年創業140周年の“ラニフィチオ・フラテッリ・チェルッティ”(以下チェルッティ)のイベントでは、もの作りの原点にも立ち返り、服地の魅力を発信した。“チェルッティ”は、1881年に北イタリアのビエラに創業。現在のCEO兼会長は、フィリッポ・ヴァッダ氏だが、創業家3代目となるニノ・チェルッティ氏も顕在だ。
1950年代末、イタリア映画の都ローマで開催された“チェルッティ”のイベントは、今もファッション関係者に語り継がれるほど衝撃的なものだった。フェデリコ・フェリーニ監督の『甘い生活』で主役となる俳優、アニタ・エクバークをゲストに迎え、イタリアの名車ランチャを20台ほど集めた。このランチャの色が、ペトロール・ブルーという“チェルッティ”の生地に織り込まれた色彩だ。無地をはじめ、ヘリンボーンやチェックなど、伝統的なデザインの柄にペトロール・ブルーを織り込む。やがて“チェルッティ”の生地は、このペトロール・ブルーが象徴的な色彩として記憶に刻まれていく。
1980年代、日本人にとって“チェルッティ”は、ファッションブランドとしても知られていた。デザインセンスに優れたニノ・チェルッティ氏は、ミラノにデザインオフィス「ヒットマン」を設立し、生地ブランドとは別の“チェルッティ1881”の展開によって日本に多くのスタイルが上陸。当時、マイケル・ダグラス、ジャック・ニコルソンといった、ハリウッド俳優の衣装も手掛けたニノ・チェルッティ氏は、スポーツウエアにも広げ、同時代のイタリアブランドの世界的な人気を集めるなか、確固たる地位を確立。“チェルッティ”は、日本において、服地とファッションのスタイルで浸透したのである。
“チェルッティ”生地の、数々の個性的な魅力
名門生地ブランドとして、世界各国に上質な生地を輸出する“チェルッティ”。売上高の85%は輸出、75%がメンズマーケットだ。紳士のスタイルに馴染む生地は、クラシックなデザインを基本にして、常に革新的な提案が加わる。数々の個性的な生地から、とりわけ注目の3種類を選んだ。
そのひとつが、1950〜60年代に“チェルッティ”ブランドを印象付けたペトロール・ブルーの冴えた色合いの生地。ネイビーでもブルーでもない、溌溂とした発色が洒落者のスタイルにぴったりだ。
140周年記念で登場したのが、『フィニッシモ』。スーパー180s、14.5ミクロンの極細ウールを用いた極上のコレクション。繊細な生地だからこそ得られる、やわらかく滑らかな心地よさ。綾織ならではの張りのあるクリアな表面感が絶品である。
3つめは、グレンチェックの一部を繕ったような赤い刺繍を施した生地。ニノ・チェルッティ氏の発想からデザイン化したものである。フィル・クーペという技法によって、虫食い調の生地のほつれを修繕した雰囲気を再現し、生地がいつまでも愛用できることをイメージさせる。今の時代にマッチした古き良きものを復活させるコンセプトだ。
“チェルッティ”は、伝統を踏まえながら、革新し続ける。ほんの3種類の生地からでも読み取れる、世界屈指の生地ブランドである。
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- TEXT :
- 矢部克已 エグゼクティブファッションエディター
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