ゴールデングローブ賞のノミネートが既に発表されているが、メンプレ読者に絶対おすすめのアメリカ映画『ザ・シークレットマン』に主演したリーアム・ニーソンがどのカテゴリーにも選ばれていない。おいおい、どういうことだ?

 ニーソンといえばメガヒットした『96時間』シリーズなど、ハイスピードなサスペンス系、アクション系の俳優としてスポットライトを浴びることが多いと思うが、もともとは『シンドラーのリスト』でアカデミー賞にノミネートされたほどの演技派なんだ。この『ザ・シークレットマン』では、70年代アメリカ最大の政治スキャンダル、ウォーターゲート事件の内部告発者であるFBIの副長官フェルトの一世一代の賭けを超シリアスに演じきった。これは賞もの!とほぼ確信があったのだがね。

 70年代はぼくの青春の時代だ。感傷的な思い出話などするつもりはないが、この、最後はニクソン大統領辞任にまで至ったウォーターゲート事件は、それに先立つペンタゴンペーパー事件とともに権力とメディアの壮絶なデュエルとして、日本でも新聞、テレビでさんざん報道された。

 TBSのニュース番組「ニュースコープ」の古谷綱正なんかけっこうシビアにこの問題をおっかけてたね。日本でもこれに先だち60年代末に毎日新聞の大森実やTBSの田英夫がベトナム戦争の報道でアメリカと悶着を起こし(まあ、ちょっと問題の性質は違うのだけれど)、両者とも辞任するという事件があったから、なおさらインヴェスティゲイティブ・ジャーナリズム(調査報道)の本場で起きたこの事件のなりゆきに、ぼくたちジャーナリスト志望の若者たちは関心を持たざるを得なかったのだ。

©2017 Felt Film Holdings.LLC
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 でね、ウォーターゲート事件の報道でついてまわるが内部通報者の「ディープスロート」(喉で男をいかせるという意味の大ヒットポルノ映画のタイトル。このネーミングのうまさにもひっくりかえったものだ)という存在で、事件の鍵になる情報をリークするこいつはいったいだれなんだって当時大変な話題だったんだよ。それが事件から30年後の2005年『ヴァニティフェア』に、おれがそのディープスロートだぜと名乗りでた男がいた。こいつがニーソン演じるフェルトなんだよね。

 だが、いったいなんのために? だってFBIといったら政府の一部、権力側じゃないかとぼくなんかまったくリークの理由が理解できなかったが、この映画でそれが完全にあきらかになった。ぼくらから見ればウォーターゲート事件じゃ政府対メディアという図式だが、その後ろにニクソン対フェルト、別の言い方をするとホワイトハウス対FBIというもっと根深い国の統治にかかわる権力闘争があったわけ。おおそうか、そうであったかと、こちらとしては40年以上に渡る疑問が氷解したのだから監督のピーター・ランデズマンには感謝だ。

 苦悩に満ちたニーソンの演技は素晴らしく、この事件の複雑な背景をわかりやすく解きほぐした脚本家二人の腕もみごと。ストーリーの進行も緩んだところは一切ないから、諸君、仕事帰りでも眠らずに観とおすことができるはずだ。

 できればなのだが、ウォーターゲート事件を調査したワシントン・ポストの二人のジャーナリストの物語である『大統領の陰謀』(1976)を観ておくと完璧。

 こちらも間違いなくオモシロイ映画で相互に補完の関係にあると思う(これにでてくるワシントン・ポストの編集主幹ベン・ブラッドリーが主人公の映画が、前述したペンタゴンペーパー事件を題材にした、これまた大傑作の『ペンタゴンペーパーズ 最高機密文書』で、ブラッドリーを演じたトム・ハンクスはゴールデングローブにノミネートされている。ニーソンは「ワリを食った」というわけか・・・

ザ・シークレットマン

©2017 Felt Film Holdings.LLC
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ザ・シークレットマン
2018 年2 月24 日(土)新宿バルト9 ほか全国ロードショー
©2017 Felt Film Holdings.LLC
配給:クロックワークス  

この記事の執筆者
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。