著述家・田中誠司の「モーターサイクル・ハイライフ」
モーターサイクルには典型的なスタイルがある。いわゆるレーサーレプリカなら派手なデカールやウィングで存在を誇示し、ネイキッドやストリートファイターならレトロ風に徹するか、もしくは奇抜なヘッドライトで演出する、という具合だ。
これに対し、「トライアンフスピードトリプル1200RR」(¥2,285,000)は、円形ヘッドライトを中心に据えたロケットカウルを備え、新型車の群れに混じっても特に際立った印象を与える。ネイキッド・バイクをチューニングして速さを競う、イギリスやイタリアで1970年代ごろ流行したカフェ・レーサーの伝統を受け継いだスタイリングだ。
レトロなロケットカウルに包まれた最先端バイク
イギリスのトライアンフといえば、クラシカルな空冷モーターサイクルのイメージが強いが、実はコンペティション活動にも積極的に取り組んでいる。現在はモーターサイクルの世界選手権で上から2番目のクラスとなるFIM Moto2において、レース専用チューンを施した765cc・3気筒エンジンを、出場全チームに供給しているのだ。
そんなトライアンフだが、現在はフルフェアリングのレーサーレプリカをラインナップに持たない。最も戦闘的な市販モデルがこのスピードトリプル1200RRである。そのパワーユニットは水冷並列3気筒DOHC12バルブで1160ccで、180ps(132.4 kW)/10,750rpm、125Nm/9,000rpmを発生する。
BMW S 1000 RR、ヤマハYZF-R1など200ps級のスーパーバイクに最高出力では及ばないものの、最大トルクでは上回る水準である。この強力なパワーユニットを御するため、メインフレームにはアルミ合金製ツインスパーフレームを採用、電子制御で常時減衰力を変化させるショックアブソーバーを備えるオーリンズ社製の前後サスペンションに、タイヤはフロント120、リア190幅のピレリ・ディアブロ・スーパーコルサを装着している。ブラックアウトされた片持ち式スイングアーム、大型のラジエターや3 into 1のエグゾースト・パイプには、機能を磨き抜いた末の美しさが宿る。
ハイエンドの性能でありながら、万事扱いやすい
スピードトリプル1200RRは、同じパワーユニットを持つネイキッド・スポーツである1200RSと異なり、低く構えたセパレート・タイプのハンドルを備えることもあり、前傾が強めなライディング・ポジションとなる。シート高も830mmと低くはない。しかし3気筒というレイアウトのため車体幅が抑えられていること、そして車体重量が200kgに留まることもあり、見た目の印象や1200ccという排気量から想像するよりも足付き性がよく、扱いやすい。
軽めのクラッチをリリースして走り出すと、まったく神経質な素振りを見せず、ふわりと自然に加速する。1500rpmを割る低回転域でもフレキシブルさを失わない。ミドルバンドまではひたすらスロットル操作に従順で、面白みに欠けるようにすら思えるのだが、タコメーターの表示が上を向く7000rpm程度を超えるや、重力に逆らうような重々しい加速感でレブリミットの1万1500rpmまで速度を積み増していく。計算上は2速で180km/hまで出てしまうわけだから、まったく一般公道では持て余すパフォーマンスだが、4気筒のスーパーバイクほど高回転域を使えないことに欲求不満を感じずに済むのが、3気筒ならではのバランス感覚なのだ。
ボタンひとつで減衰力を自在に変更
そうした柔軟なエンジンを活かして、ワインディングロードをハードにもソフトにも楽しめるように、オーリンズの電子制御サスペンションにはボタンひとつで減衰力を自在に変更する機能が備わっている。ハードに設定すればサーキット走行に対応する俊敏な運動性能を発揮するし、ソフトに設定すれば柔らかめのタイヤに履き替えたような軽快感を楽しむことができる。
ギア比設定は高速向けで、6速/100km/h時のエンジン回転数は4000rpmに留まる。セパレート・ハンドルとバックステップの組み合わせにより乗車姿勢はタンクにしがみつくようだが、胸にプロテクターを入れて乗るライダーなら巡航時は上半身をタンクにゆだねてしまうこともできるので、ロケットカウルによるウィンド・プロテクションと相まって長距離巡航は快適にこなせるだろう。クルーズ・コントロール・システムも搭載されている。
紳士的なエレガンスを秘めた、レトロな風合いもある個性的なデザインを身にまといながら、ディテールは仔細に見れば見るほど本格的に先進的なスポーティネスを極めているスピードトリプル1200RRは、絶妙なバランスが光る稀有な一台だ。
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- 田中誠司 著述家