ロールス・ロイスのプロダクツは、「自由に動ける別荘」であると同時に、「見飽きることのない美術館」であり、また「自在な仕立てが可能なスーツ」である。この、高貴な思想を具現化するために、最高の素材を使い、最良の技術で組み立てられる。そうして完成した比類なき逸品は、もはやクルマであってクルマではないのだ。2018年1月に日本で公開された「ファントム」は、その極み。伝統を磨き上げたうえで新たな仕掛けも装備されて、それはもうため息をつくばかりだ。

6世代60余年の「ファントム」

「ファントムⅠ」(1925〜31年)。写真はハリウッドのミュージカル黄金期を支えた、フレッド・アステアが所有していた1台。 
「ファントムⅠ」(1925〜31年)。写真はハリウッドのミュージカル黄金期を支えた、フレッド・アステアが所有していた1台。 
「ファントムII」(1929〜35年)。メカニカル部分の磨耗を低減するための自動注油機能が付き、メンテナンスが容易になった。
「ファントムII」(1929〜35年)。メカニカル部分の磨耗を低減するための自動注油機能が付き、メンテナンスが容易になった。
「ファントムIII」(1936〜39年)。写真は、第二次世界大戦で主要な働きをした英国陸軍将軍、バーナード・モントゴメリーが所有していたもの。フロントガラスは、空気抵抗を滑らかにするために逆スラント(上部が前に突き出す形状)している。
「ファントムIII」(1936〜39年)。写真は、第二次世界大戦で主要な働きをした英国陸軍将軍、バーナード・モントゴメリーが所有していたもの。フロントガラスは、空気抵抗を滑らかにするために逆スラント(上部が前に突き出す形状)している。
「ファントムIV」(1950〜56年)。生産台数はごくわずかで、所有者は王室や国家君主に限られたという。
「ファントムIV」(1950〜56年)。生産台数はごくわずかで、所有者は王室や国家君主に限られたという。
「ファントムV」(1959〜68年)。パークウォードなどのコーチビルダーが手がけたボディは、オールアルミのハンドメイド。
「ファントムV」(1959〜68年)。パークウォードなどのコーチビルダーが手がけたボディは、オールアルミのハンドメイド。
こちらはヘッドライトが四灯式に変更された、「ファントムV」の後期型。ジョン・レノンがしていた有名な個体だ。元々は黒だったものを、アルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の発売に合わせてリペイントした。
こちらはヘッドライトが四灯式に変更された、「ファントムV」の後期型。ジョン・レノンがしていた有名な個体だ。元々は黒だったものを、アルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の発売に合わせてリペイントした。

「ファントム」の名が初めて歴史に登場したのは、1925年のこと。創立者のひとりで、技術面での主導権を握っていたフレデリック・ヘンリー・ロイスの下、同社の名声を確立した「シルヴァーゴースト」の後継車として開発された。出力未公表(十分という意味で)の7.6リッター直6エンジンを積み、整備の手間はかかるものの、先進的な機械式四輪ドラムブレーキが強力な制動力を発揮した。

 次世代の「ファントムII」ではボディを架装した状態でも販売するようになるが、その製作は外部のコーチビルダーに託され、顧客の要望に応じて仕立てるビスポークであった。「ファントムIII」ではV12エンジンを積み、その名のごとく静かで、存在を感じさせない完成度を誇った。公用車としての需要も高く、第二次世界大戦後に登場した「ファントムIV」からは、のちのエリザベス2世のためにつくられたリムジンで有名になった。「ファントム」はV(1959年〜)を経てⅥ(1968年〜)となり、ボディサイズは標準タイプで6mを超えるほどに。ブリティッシュ・ロックを牽引するスターたちも、こぞってオーナーとなった。

すべては最高を願うオーナーのために!

14年ぶりにモデルチェンジした「ファントム」は、実に8年の歳月をかけて開発された。
14年ぶりにモデルチェンジした「ファントム」は、実に8年の歳月をかけて開発された。
核となるアーキテクチャーを一新し、ボディ剛性や快適性を高めている。
核となるアーキテクチャーを一新し、ボディ剛性や快適性を高めている。
メーターパネルから助手席側の端までが強化ガラスで覆われている。この「ギャラリー」の中に、どんな作品を展示するかが、オーナーの愉しみとなる。
メーターパネルから助手席側の端までが強化ガラスで覆われている。この「ギャラリー」の中に、どんな作品を展示するかが、オーナーの愉しみとなる。
エンジンは新開発の6.75リッターV12ツインターボ。急いでいるときでもアクセルを深く踏み込む必要がない、怒涛のトルクと静粛性を誇る。
エンジンは新開発の6.75リッターV12ツインターボ。急いでいるときでもアクセルを深く踏み込む必要がない、怒涛のトルクと静粛性を誇る。
新型「ファントム」のお披露目は、上野にある東京国立博物館・法隆寺宝物館の敷地内で行われた。
新型「ファントム」のお披露目は、上野にある東京国立博物館・法隆寺宝物館の敷地内で行われた。

「ファントムⅥ」が1991年に生産を終えたのち、ロールス・ロイスはBMW傘下となって、再び開発に乗り出す。そうして2003年に登場したのが「ファントムVII」で、歴代モデルの雰囲気を残しつつ、モダンに生まれ変わったこのモデルは、新生ロールスの象徴となった。驚くべきはそのデザインで、14年もの長期間つくられたにも関わらず、まったく古びて見えないのだ。それでも新世代のアーキテクチャーを取り入れた8代目「ファントムVIII」は、さらに威厳を増して、我々の前に姿を現した。もはやその外観は宮殿と呼ぶにふさわしい威容で、間違っても小路に入り込みたくない気にさせるが、四輪操舵システムを採用することで、思いのほか小回りが効くという。ずば抜けた静音性も磨き上げられ、合計130kgもの遮音材などを用いることで、外界と隔絶した時間を過ごせる。技術の粋を尽くしたロールス・ロイスのおもてなしに、意を唱える人はまずいないだろう。

 ショーファードリブンの性格が強いモデルゆえ、主に後席で過ごすことが多くなるが、前方に視線を向ければ、ダッシュボード上部の、その名も「ギャラリー」と名付けられた、強化ガラス製の空間が飛び込んでくる。そこはオーナーの感性が存分に発揮できるアート空間であり、どんな要望にも応えられる英国グッドウッドの職人やデザイナーたちが、時間と手間をかけて「作品」を創造する。

 今回はお披露目の場につき、試乗は叶わなかったが、たとえその機会を得られたとしても、それはあくまでもメーカーによるサンプルを試したことにしかならない。ほかに比べるもののない「ファントム」で得られる真の悦楽は、自分でビスポークしない限り体験できないのだ。

〈ロールス・ロイス ファントム〉
全長×全幅×全高:5,770×2,020×1,645㎜
車両重量:2,700kg
排気量:6,749cc
エンジン:V型12気筒DOHCツインターボ
最高出力:571PS/5,000rpm
最大トルク:900Nm/1,700〜4,000rpm
駆動方式:2WD
トランスミッション:8AT(以上、標準タイプ)
価格:5,460万円〜(税込み)
■問い合わせ先
ロールス・ロイス・モーター・カーズ東京
TEL:03-6809-5450
http://www.rolls-roycemotorcars-cornes.jp

この記事の執筆者
男性情報誌の編集を経て、フリーランスに。心を揺さぶる名車の本質に迫るべく、日夜さまざまなクルマを見て、触っている。映画に登場した車種 にも詳しい。自動車文化を育てた、カーガイたちに憧れ、自らも洒脱に乗りこなせる男になりたいと願う。