まったくの誤算だった。ここまで大勢の人々がつめかけるとは、予想だにしていなかった。決勝が始まる15時少し前に到着したのだが、靴売り場の一角に設けられた選手権会場はすでに黒山のひとだかりになっていた。関係者を見つけて、ようやく中に滑り込んだ。
各職人の個性と美意識が生む、それぞれの輝き
去る1月27日(土)に銀座三越にて開催された「靴磨き日本選手権」。15時開始の決勝戦を前に、同日午前11時より4名ずつ3回の「準決勝戦」が行われ、3名のシューシャイナー(靴磨き職人)がファイナリストとして選出された。この日参加したシューシャイナーは、靴磨きを業とする各地から集まった12名の精鋭たち。北海道や遠く海の向こう台湾から参加した職人もいた。
この選手権のアドバイザーで、当日司会進行を務めたのは、東京・青山の靴磨き専門店「Brift H(ブリフトアッシュ)」代表の長谷川裕也氏。長谷川氏はロンドンで開催された「World Championship of Shoe Shinning」で優勝し、その時の経験から、今回の選手権を思いついたという。
競技は、制限時間20分で、各出場者が同じ靴を両足磨いてその仕上がりを競うというもの。靴磨きに使う道具は、会場に揃えられたコロンブスとR&Dの靴磨き製品の中から試合直前に選ぶ形で、クロス(布)のみ各自持参したものを使用した。
審査を担当したのは、今回競技に使われた靴「スコッチグレイン」を展開するヒロカワ製靴社長の広川雅一氏、靴磨き製品を提供したコロンブスの松戸啓明氏とR&Dの羽田野晶斗氏、そして男性靴雑誌『LAST(ラスト)』編集長の菅原幸裕氏、服飾ジャーナリストの飯野高広氏、メンズファッションライターの丸山尚弓氏といったメンバーに、銀座三越紳士靴バイヤーの大野靖弘氏を加えた7名。それぞれの審査は「光沢感」「全体の美しさ」「所作」という3項目の審査基準につき各5点ずつ、そこに審査員特別点を1点加える得点方式で行われた。
緊張の面持ちで会場に入場する靴磨き職人たち。各職人の紹介が終わると、彼らの前に靴磨きの道具を並べたテープルが運ばれ、そこから今回の磨きに使うものを職人たち自身が選ぶ。何を選ぶかから競技は始まっていて、集まったギャラリーたちも職人たちの挙動を固唾を飲んで見守っていた。そして、長谷川氏が鳴らすゴングとともに磨き開始。激しくブラシをかける職人、または指に直にクリームを塗って靴表面に伸ばしていく職人、それぞれが最善と考えるやり方で靴磨きが進む。やがて10分をすぎる頃になると、つま先部分から輝き始めた。多くの職人が、水とクリーム、クロスとブラシを巧みに使いながら、仕上げていった。
決勝に残った3名は、Brift Hに勤務する山地惣介氏、大阪の靴磨き専門店「THE WAY THINGS GO」のオーナー石見豪氏、静岡の靴磨き専門店「Y’s Shoeshine」の杉村祐太氏。磨く靴をダークブラウンから明るいチェスナットカラーの革に変更して、決勝戦が行われた。見事優勝したのは石見氏。あえてクリーナーを使ってベースのクリームを落とすプロセスを交え、チェスナットカラーの革の透明感を際立たせた磨きが評価され、2位の山地氏を僅差で上回った。
また、審査員特別賞には、名古屋駅を拠点に路上にて腕を磨き、現在は靴磨きスタンド「GAKU PLUS」を営む佐藤我久氏が選ばれた。オリジナルのユニフォームに電飾のアクセサリーをあしらうなど高いエンタテイメント性を備えつつ、地元愛知の布を靴磨きに使うなど、こだわりを持った姿勢が評価された。翌28日には、ファイナリストと審査員特別賞の4名が、有料で一般のお客様のシューシャインを行うイベントも開催され、多くの人が訪れていた。
選手権が終わった会場には、各シューシャイナーが磨いた靴が展示されていた(これらの靴は販売もされた)。同じモデルの靴ゆえに、それぞれの光り方の違いが際立って、磨きの個性が感じられた。ある靴は外側全体が流れるように輝き、ある靴はつま先の透明感が強い印象をもたらしている。その様子を眺めていて、改めて紳士靴の愉しみの奥深さを再認識したのだった。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
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